第77話 理想のお肉

 人気の少ない冒険者ギルドのカウンター。

 受付嬢のマリィが、ため息を吐きながら書類の整理を行っていた。


 ここ最近、冒険者ギルドへの風当たりが非常に強い。

 それもこれも、不正を働いた職員のせいである。


 また、フィンリスの危機にあって、冒険者ギルドがほとんどなんの存在感も示せなかったことも大きい。


 日々、依頼の奪い合いが発生するほど賑わっていたはずの冒険者ギルドだが、いま聞こえてくるのは閑古鳥の断末魔ばかりだ。


「暇ね……」


 マリィは自主的に書類整理を行っているが、ここ一週間で書類棚を二度も整理している。

 これが三度目だ。

 それ以外、やることがないのだ。


「はあ……」


 再びため息を吐いた時だった。

 冒険者ギルドの扉が、音を立てて開かれた。


 ギルドに駆け込んだ冒険者が、マリィに急き込んだ。


「た、大変だ! キングが……オークキングが出た!!」

「なんですって!?」


 驚いたマリィが、がばっと立ち上がる。

 それとほぼ同時に、同じように暇にしていた職員たちが一斉に動き出した。


 オークキングは、オーク種の中の頂点に君臨する魔物だ。

 討伐難易度は〝条件付きBランク〟と非常に高い。


 キング単体であれば討伐難易度はCランクと下がる。

 しかし、オークキングが最も恐ろしいのは、下位のオーク軍団を率いることだ。

 オークキングにたどり着くまでに、最低でも100匹の下位オークと戦わねばならない。


 数は力だ。

 いくら精鋭が集まったチームでも、数の暴力によって押し切られる。


 体は脂肪層が厚く、急所まで攻撃が届きにくい。

 また、キングは指揮を行う。

 キングによって纏められたDランクの魔物が、戦略をもって押し寄せる。


 これが、討伐難易度〝条件付きBランク〟の理由である。


「それでは、キングの出現位置と規模をお教え下さい」

「あ、ああ。場所はフィンリスの森北部だ。規模は――」


 既にギルド職員は、キング討伐に向けた態勢を整えつつあった。

 あとは、キング討伐に向かえるだけの冒険者が、集まるかどうかだが……。


(これは、骨が折れそうね)


 冒険者がほとんどいないギルド内部を見回して、マリィはそっとため息を漏らす。


 ――そういえば。


 マリィはそのことを思いだし、息が止まった。


 今朝、オーク討伐の依頼を受諾した冒険者パーティが1組いた。

 そのパーティは――。


(そんな……。トールさんが危ない!)


          ○


「ブモッブモッ、ブヒブヒィー♪」


 口笛を吹くと、オークが面白いように集まってくる。

 透の口笛による鳴き真似は、オークにとって相当嫌な言葉なのか。集まったオークはいずれも目を血走らせながら、透に迫ってくる。


 そのオークたちを一匹、また一匹と丁寧に処理(たお)していく。


「…………」


 初めのうちは、裂帛の声と共に剣を振り回していたエステルだったが、現在はとても静かだ。

 まるで、ベルトコンベアに乗せられてくる刺身にたんぽぽを乗せる職人のように、死んだ目をしながらオークを斬り捨てていく。


 彼女は気合を入れるまでもなく、最小限度の力でオークが倒せるようになった。


 透も現在は、ほとんど力むことなくオークを倒せるようになった。

 はじめは五体をバラバラにしてしまったが、現在はオークをさして痛めることなく、一瞬で命を刈り取っている。


 時々かなり筋肉質な個体も混ざっていて、初めは仕留め損なうことが多かった。

 しかし現在では僅かな見極めが出来るようになり、個体差による仕留め損ないもなくなった。


 オークの倒し方が上達したのは、透がエステルを観察しながら立ち回りを<物真似>で学んだこと。

 そして、体が急速に軽くなっていったおかげだ。


(結構レベル上がったんじゃないかなあ)


 体が軽くなったのは、レベルアップによるものである。

 ただ、現状ではスキルボードを確認する暇がない。


(どれくらい上がったか、あとで見るのが楽しみだなあ)


「ブーヒー、ブヒブヒブヒィー♪」

「ブモーッ!!」「ブヒッ! ブヒィィィッ!!」

「……」


 透の口笛で、オークたちがいきり立つ。

 エステルがなにか言いたげな生ぬるい視線を向けるが、透は気にしない。


 いまは、レベルアップが優先だ。

 ――あと肉!


 オークを倒し、隙を見て倒れたオークを<異空庫>に収納する。

 絶命していれば収納出来るが、息があれば収納出来ない。

<異空庫>は、オークの生存確認にも効果的だった。


(これで、何日分の肉になったかなぁ~?)


 透がウキウキでオークを倒していると、ふと<察知>が強い気配をキャッチした。


「エステル!」

「ああっ!」


 エステルも、その気配を感じたか。

 先ほどまでは死んだ魚のような目をしていたが、いまでは鋭い眼で森の奥を睨み付けている。


 それでも体は動き続ける。

 動かなければ、オークに押しつぶされる。


 しばらくオークを倒していると、森の奥から一際体の大きなオークが現われた。


「親玉? エステルはわかる?」

「いや、私も知らないな」


 エステルが知らないということは、レア個体か。


 ――レア個体・強キャラは、経験お宝ざっくざく!


 透の背筋がゾクゾクっと震えた。


「よし、アレを倒そう!」

「いやいや。トール、気持ちはわかるが、まずは手前のオークをなんとかすべきだぞ」


 大オークの前には、普通のオークが守りを固めている。

 倒しても倒しても、減る気配が一向にない。


「ああ、それなら大丈夫」


 そう言うと、透は【魔剣】を形態変化させる。

 魔弓の弦を引き、放つ。


 ここまで僅か0,5秒。

 たった一瞬の動作で、魔弓から矢が放たれた。

 次の瞬間。


 ――サクッ!


 大オークの額に、魔弓の矢が突き立った。

 その横では、普通のオークが大オークを見て目を剥いた。

 大オークはゆっくり後ろに倒れていく。


 ズゥゥゥン。


 大オークが倒れた音が、森の中に響き渡る。

 まだ戦闘中だというのに、オークの中で動いている者は一匹もいなかった。


 まるで台風の目に入ったかのような静けさの中、


「よしっ、お肉ゲット!」


 透の歓喜の声が響き渡ったのだった。

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