第76話 ブモッ!! ブモモッ! ブヒィ! ブッモブッモ!!

「でかっ!」


 透の口から、率直な感想がぽろりと漏れた。

 現われたのは、体長2メートルはあろうかという、二足歩行の魔物だった。


 体はがっちりしていて、全身が毛に覆われている。

 一見ヒグマのように見えるが、顔つきは豚に近い。


「――ブモッ!?」


 魔物がこちらに気づき、声を上げた。

 鳴き声はまるきり、豚と同じだった。


「トール。あれがオークだぞ」

「いやいや、デカすぎない!?」


 同じ討伐ランクDの、ロックワームはもっと小さかった。といってもあちらもあちらで巨大には違いないが……。


「オークって、本当に討伐ランクDなの?」

「そうだぞ」

「これで?」

「ああ。オークは通常個体なら、さほど脅威ではないのだ。ただし、オークの上位固体が混ざると、一気に難易度が跳ね上がるのだがな」

「こんな見た目でも……脅威じゃないんだ」

「もしかして、怖じ気づいたか?」

「む……」


 エステルの言う通り、確かに透は怖じ気づいた。

 オークは顔こそ違うが、体つきは肥え太ったヒグマそっくりなのだ。

 戦おうと思う気持ちがちっとも沸き上がらない。


 しかし、エステルの挑発に透は奮起する。

 幸い、<察知>スキルはクインロックワームより弱いと訴えている。


(一度全力で当たってみて、それでダメなら慎重に攻めよう)


 様子見はしない。

 そうと決めたら、透は無言で剣を正眼に構えた。

 透の殺気に気づいたか、オークが歩みを止めた。


「ふぅ……」


 透が一度、深呼吸。

 その間に、《筋力強化》を行き渡らせる。


 オークが構えた。

 次の瞬間、


「――ふっ!!」


 透が接敵。

 オークの土手っ腹めがけて【魔剣】を振るった。

 相手は、反応しない。

 そのまま、払い抜ける。


(手応えは……あったか!?)


 ミスったか?。

 そう思った透は慌てて急ブレーキ。

 回転し、【魔剣】を3度振るい、離脱。


「……やったか!?」


 退避した透が呟いた、次の瞬間だった。

 オークが真っ赤な血液をまき散らしながら、バラバラになって地面に落下した。


 バラバラになったオークを見て、エステルが顔を引きつらせた。


「と、トール。さすがに、やり過ぎではないか?」

「いやあ、ははは……」


 透は笑って誤魔化す。

 確かに、エステルの言う通り。オーバーキルにも程がある。


 だが、ヒグマのような体躯の魔物が現われたのだ。

 透は日本で『ヒグマ=日本の陸上で最も強い生物』というイメージがすり込まれていたため、オークの力を過剰に見積もってしまっていた。


 相手の力量を正確に測る力が、まだ透には備わっていない。


 相手を過小評価して反撃を食らうのも馬鹿らしいが、相手を過剰評価して、過剰攻撃するのも同じだけ馬鹿らしい。

 過剰攻撃で魔物をズタボロにしてしまえば、欲しかった素材が手に入らなくなるのだから。


 相手の力を正確に測り、正確にとどめを刺す。

 これは冒険者として、必要な実力の一つなのだ。


(これは、早く矯正しないとなあ……)


 その後、透らは再びオークを1匹発見した。

 前回は透が倒したため、今回はエステルが当たる。


「せいっ!!」


 裂帛の声とともに、エステルが一撃でオークの首を斬って捨てた。

 首から血液が勢いよく吹き上がるが、エステルは既に離脱している。

 返り血は、一滴も浴びていない。


 さらに彼女が行ったのは、必要最小限度の攻撃だけだ。


「エステルはさすがだなあ」


 ランクは透と同じDだが、経歴はエステルの方が長い。

 下積み時代の有無が、こうした狩り方の違いに繋がっている。


 片や、バラバラ。片や最小限の傷のみ。

 どちらがプロの仕事かは、誰が見ても一目瞭然である。


 二匹目の狩りを終えて、やっと透は夕食になるオーク肉が確保出来た。

 討伐証明に使う鼻を切り落とし、オークの死体を<異空庫>に収納する。

(一度目に討伐した死体は、バラバラだったため回収しなかった)


「オークくらいなら、安全に狩れそうだね」

「そう言うが、これでもDランク上位の魔物なのだぞ? といっても、確かに《筋力強化》を使わなくても倒せる相手ではあるな」

「なら、大丈夫だね」

「……ん?」


 エステルがこてんと首を傾げた。

 そんな彼女に答えるより早く、透は口をすぼめた。


「いや、待てトール。まさか、〝アレ〟をやるつもりでは――」

「ブモッブモッ! ブモブモブモモ!!」


 オークから学んだ鳴き声を、<口笛>スキルで再現した。

 途端にエステルの顔面が蒼白になる。


「あぁぁ! トール、お前って奴は、お前って奴は、お前って奴はあああ!!」

「ぐえっ」


 青い顔をしたエステルが、透の襟首を掴んで前後にガクガクと揺らす。

 どうやら彼女は本気で、透を揺さぶっているようだ。

 喘ぐ透が抜けだそうとするが、まるで抜け出せない。


「トールはゴブリンの時に、どういう目に遭ったか忘れたのかっ!?」

「えっ、無事レベルアップ出来た……よね?」

「それはそうだが……はあ……」


 エステルが力無く、へなへなと座り込んだ。

 どうやら彼女にとって、<口笛>レベリングは相当トラウマになっているらしい。


 しかし、透は首を傾げる。

 あの一件で、透は大量にレベルアップ出来たし、返り血を浴びない立ち位置も学べた。

 なにがそんなに嫌なのだろう? と。


 その時だった。


「「「「「「「「「「ブモォ……」」」」」」」」」」

「ひっ!?」


 森のそこかしこから、オークの鳴き声が響き渡った。

 オークの鳴き声に反応し、エステルが肩を振るわせる。


 そこからのエステルは、素早かった。

 即座に立ち上がり、戦闘態勢になる。

《筋力強化》も、すぐに発動出来るようチャージされている。


 だが顔だけは、泣きそうな表情のままだった。


「ブモッブモッブモ~♪」


 透が執拗に口笛を吹き続けると、森の奥から10匹のオークが姿を現わした。

 現われたオークは、皆それぞれ牙を剥いていた。

 まるで、親分を馬鹿にされた若衆(やくざ)のような表情である。


(もしかして僕、オーク語でとんでもない言葉を言ってるのかも?)


「ブモ~♪」

「ブモッ!!」「ブモモッ!」「ブヒィ!」「ブッモブッモ!!」


 ゴブリンとは違い、オークには言語があるのか。透の口笛に、オークが一斉に反応した。

 その形相はまさに嚇怒。げきおこである。

 オークに睨まれた透はというと、


(おっ、やった! 新しい鳴き声ゲットだ!)


 新しいオークの鳴き声を聞いて、喜んでいた。


「トール。後ろに回り込まれると厄介だぞ!」

「そうだね。じゃあ――」


 透は魔力を込めると、すぐさま土魔術を発動した。


 ――ドッ!!


 透らの横や背後で、一斉に地面が鳴り響いた。

 音の原因は、土魔術の《ロックニードル》だ。


 直径30センチ。長さ3メートル《ロックニードル》を、透はオークでは通り抜けられぬよう無数配置した。


 簡易的ではあるが、バリケードが完成した。

 このバリケードを壊そうと思えば時間がかかるし、もし壊されてもすぐに《ロックニードル》を使えば修復可能だ。


 また、前方からオークを誘い込むようにバリケードを配置しているが、いざ追い詰められても、透らはバリケードをすり抜けられる。


 よほどの大群に包囲されない限りは、攻めるも逃げるも透たちの思うがままだ。


「それじゃあエステル、張り切って行こう!」

「やはり、こうなるのだな……」


 透は気勢をあげるが、エステルにはちっとも伝わらなかったのだった。

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