第74話 懐かしい味
夕食の時間になると、誰が呼んだわけでもなく、エステルとリリィがリビングに集合していた。
彼女たちは厨房から香ってくる匂いに誘われ、誘蛾灯にあつまる羽虫のように集まってきたのだった。
リビングに入った透は、途端に二人から強い期待の眼差しを受けた。
彼女たちは無言で待っている。
だが透には、彼女たちの声なき声がはっきりと聞こえた。
『待っていたぞ!』
『早く、料理を出して』
求められれば、応えぬわけにはいくまい。
透は自信たっぷりにカートを押し、それぞれの席へと皿を3つ並べた。
「……ん?」
「なんだ、これは……」
並んだ夕食を前に、エステルとリリィが落胆した表情を浮かべた。
その表情に、透は虚を突かれた。
(あれっ、てっきり「わーすごい!」って反応を期待してたんだけどなあ)
しかし、透が作ったのは日本の料理だ。
エアルガルド人にとって見たことがない料理だったため、芳しい反応を引き出せなかったのだ。
また〝エアルガルド食にはない色〟であることも、二人の反応の原因だ。
「スープが、黒い……」
「この白っぽいのはなんだ?」
「ご説明させて頂きます」
あたかも一流レストランの給仕になったつもりで、透は丁寧にお辞儀をした。
「本日のご夕食は、『チキン南蛮のタルタルソース』と、『アーサ汁』、『新鮮サラダにマヨネーズを添えて』でございます」
透が作った料理は、サラダ以外は日本食である。
昼に買い出しをして余った鳥肉を揚げ、タルタルソースを乗せれば、日本食として有名なチキン南蛮の完成である。
アーサ汁は沖縄料理の定番スープだ。
透は市場に向かった際、香辛料を扱うお店に、『あおさ』が売られているのを発見した。
エアルガルドでは、あおさは調味料として使われていたのだ。
そのあおさを用いて、透はアーサ汁を作った。
豆腐や醤油がないため、ほとんど塩スープに近い。
しかしあおさを入れるだけで、一気に日本のお吸い物っぽくなるのだ。
サラダは透が唯一、エアルガルドに来てからそのポテンシャルを評価した食材だ。
そのポテンシャルを引き出すために、マヨネーズを添えた。
「色合いが不穏なんだが、大丈夫か? ああ、いや、トールの腕を疑ってるわけじゃないんだが……これは、食べ物で見たことがない色なのだ」
「ん……」
エステルやリリィが怖がるのも仕方がない。
国によって食欲が増進したり、減退する色が違う。
海外でよく見る青いケーキも、外国人には食欲を増進させるが、日本人は食欲が減退してしまう。
同じ地球でも、国が変わると『おいしそう』と思う色が変わるのだ。
世界が変わればなおさらだ。
「まあ、騙されたと思って一度食べてみてよ」
透が促すと、二人は恐る恐るという風に食事を口に運んだ。
次の瞬間だった。
「「――ッ!?」」
エステルとリリィ両者の目が、丸く見開かれた。
「……うまい」
「……美味しい」
「なんだこの白いソースは!? くっ! 手が止まらない!!」
「たるたるそーす、好き」
「黒いスープも、香りが素晴らしいぞっ!」
「お肉おいしい」
二人は逐一驚きの声を上げながら、もしゃもしゃと料理を平らげていく。
あまりの興奮したためか、二人の頬がほんのり赤く染まっている。
そんな二人の様子を眺めながら、透も料理を口にする。
「……うん。懐かしい」
チキン南蛮にアーサ汁は、懐かしい日本の味がした。
<料理★>で作った料理は、当然ながらどこにも問題はない。
だが透は食を進めるに従って、料理が少しずつしょっぱくなるのを感じた。
「美味しい……。美味しいなあ……」
透は、日本の味で育った。
いくら日本に未練がないといっても、食事は違った。
日本食は透の胸の隙間に入り、ほんのり心を温めるのだった。
「……ところで、トール。それはなんだ?」
エステルが透の横を見ながら尋ねた。
ぽろぽろと涙を流しながら食べる透の横で、ピノがスープ皿にぷかぷか浮かんでいる。
「折角一軒家が手に入ったんだし、ペットが欲しいなって思って。連れてきたんだ」
「連れてきたって……。まあ、スライムを飼育している家は普通にあるが、大体は生ゴミ処理のためだぞ? こんなに美味しい料理を与えてどうするのだ」
「もったいない」
二人の視線がピノに向かう。
するとピンチを察したか。
ピノが慌ててチキン南蛮を呑み込んだ。
「ペットは家族。ピノは僕の家族だ。家族なら同じものを食べるのが普通でしょ?」
「そうだが……いや、わかった」
エステルがなにか反論しようとして、けれど口を閉じて首を振った。
「もったいない……」
リリィはスプーンをくわえたまま、ピノをじっと見続けている。
透がチキン南蛮のおかわりを渡す。
するとリリィはあっさりピノについてのアレコレを放り投げて、チキン南蛮に夢中になったのだった。
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