第44話 ゴブリンのまとめ狩り

 透はゴブリンを呼ぶに相応しい音をイメージし、唇を震わせた。


「ゲギャゲギャゲギャ!」

「ととと、トール!? なんだその音は、ゴブリンの鳴き声みたいではないか!」

「ん、口笛だけど」

「そんな口笛があるかっ!」


 表情には出していないが、透はエステルと同じように、内心では動揺していた。

 まさかゴブリンの声をイメージしただけで、それと似たような音が唇だけで奏でられるとは考えてもみなかった。


(口笛スキル……恐るべしッ!)


 ゴブリンの声のような音は、唇をぶるぶる震わせる音で生み出している。

 唇の硬さや音程を巧みに調節することで「ゲ」と「ギャ」に変化させているのだ。


 口笛でゴブリンの声を真似すると、唇がピリピリ振動して心地良い。

 まるで子どもが初めて手にしたおもちゃで遊ぶように、透は何度も口笛を吹いた。


「ゲギャゲギャゲギャゲギャ!」


 口笛を吹き続けると、透の<察知>が大量の生物の気配を感知した。


「おっ、来た来たあ」

「ちょ、と、トール。なんか凄い気配がするのだが!?」


【魔剣】を顕現させ戦闘モードに入った透とは打って変わって、エステルは若干腰が引けている。


「エステル落ち着いて。このくらい、なんてことないから」


 森の奥から、ゴブリンが次々と姿を現わした。

 既に透たちはゴブリンの大群に囲まれている。


 しかしそれでも透は、一切怯まない。

 クイーンロックワームを前にした時と比べれば、ゴブリンにいくら囲まれたところでなんてことはなかった。


 CランクとEランクのモンスターでは、質を量で飲み込めないほど圧倒的な差があるのだ。


 四方を囲まれたのを見て、透は頭上の≪ファイアボール≫を撃ち放った。

 一方向を集中的に焼き払う。


≪ファイアボール≫が着弾するのを確認し、透はすぐさま≪ウォーターボール≫で消化を行った。


「エステル、こっち!」

「あ、ああっ!」


 透はエステルの手を引き、魔術でなぎ払った方向に走った。

 そちらにはゴブリンがいない。先ほどまで立っていたものはもう、見る影もなく黒焦げた大地と同化していた。


 透はさらに≪ロックニードル≫で壁を作り、背後への不安を立つ。


「よし。じゃあエステル、いいよ」

「なにがだ!?」

「試し切りするんじゃないの?」

「試し切りするにしても、こんなに大量のゴブリンはいらないのだが!?」


 エステルが悲鳴を上げるように叫ぶ。

 だがそれでも身の危険を感じてか、すらりと長剣を抜いて眼前に構えた。


「折角だし、依頼のクリアとレベリングを同時にこなそうと思って」

「それにしても、こんなに大量に……」

「大丈夫大丈夫。僕も一緒に戦うし、なんとかなるよ」


 透は一切の気負いなく、手近なゴブリンから討伐を開始したのだった。


          ○


 透と共に戦うエステルは、近づいてきたゴブリンを一刀両断に切り伏せた。

 初めの頃は1匹、2匹と数えていたが、10を越えたところで数えるのを辞めた。


 新しい剣の使い心地は最高だった。

 切れ味が恐ろしく鋭い。さしたる力を込めなくてもゴブリンの胴を真っ二つに出来た。


 おまけに剣は非常に軽かった。

≪筋力強化≫を使わなくても剣に振り回されることはないし、どれだけ振るってもちっとも疲れが蓄積されない。


 これまでエステルは、ゴブリン1匹を斬るのに80%の腕力を用いていた。

 だが現在は40%ほどの腕力でゴブリンを倒してしまえる。

 かなり余裕を持って戦えていた。


 これまで使ってきた剣とは段違いの性能に、エステルは鳥肌が立った。

 武器一つで、ここまで戦闘が楽になるものなのか、と。


 しかし、次から次へと襲いかかるゴブリンを切り倒す作業に、肉体ではなく精神が摩耗を始めていた。


「ゴブゴブ! ゲギャギャ!!」


 ゴブリンが減ると、すかさずトールが口笛でゴブリンを呼び寄せるのだ。

 減らしても減らしても、ゴブリンの総数が変わらない。


「ゴブゴブゴブゴブ♪」


 おまけにトールは、新しいゴブリンの声を修得してご満悦だった。


「な、なあトール。もう、ゴブリンは十分ではないか?」

「もうちょっと。もうちょっとだけ……」


 その台詞を、エステルは既に何度も聞いている。

 彼のもう少しは、どれくらいなのか……。


(いったい、私はいつまで戦えば良いのだ)


 終わりの見えないゴブリン討伐に、エステルの目がどんどん死んでいくのだった。


          ○


 ゴブリンの死体で埋まった森の中。

 透は高く積み重なったゴブリンの死体を移動させていた。


 口笛を吹いただけ集まってくるゴブリンを前にして、透は討伐に夢中になった。


 当然ながら、これは命を賭けた戦いだ。

 遊んでいたわけではないし、透はゴブリンの命を奪っている自覚もあった。


 しかし、戦えば戦うほど体が軽くなっていくレベルアップの感覚に、透はレベリング欲が止まらなくなってしまった。


 これは日本でゲームをしていた頃と同じ。

 効率の良いレベリング方法が見つかると、透は眠気でダウンするまで戦い続ける性分だった。


 特にエアルガルドで透は、劣等人と呼ばれる存在だ。

 効率の良いレベリング方法が見つかったなら、出来る限りレベルアップしておくべきである。


 透のレベリングを止めたのは、疲労や眠気ではなかった。

 口笛を吹いても、あまり集まらなくなったためだ。


 この周辺にいるゴブリンを、ほとんど狩り尽くしてしまったのだ。

 効率が落ちたため、透はやむなくゴブリン討伐を中止した。


 地面に土魔術で穴を空け、耳を切ったゴブリンを次から次へと放り込んでいく。

 そんな透の横で、死んだ目をしたエステルが地面に座って木に寄りかかっていた。


(結構狩ったし、疲れたのかな)


 何度か話しかけても反応がなかったため、透はエステルをそっとしておいている。


 耳を回収し終えた透は、穴に放り込んだゴブリンの上に丸太を何本も重ね、≪ファイアボール≫で盛大に燃やした。

 ゴブリンが焼ける臭いがあまりに酷かったため、透は風魔術で上空に空気を送り出し続けた。


 穴の中で焼けるものがなくなってきた頃、目に光を取り戻したエステルがすくっと立ち上がった。


 とてとてと透に歩み寄ったエステルが、突如透の肩を平手で叩いた。


「痛っ!? え、何? どうして叩いたの?」

「……いや、なんとなく。この気持ちのやり場がなかったのでな」

「??」


 透は肩をさすりながら、意味不明なエステルの行動に首を傾げたのだった。


「しかし、ずいぶんと綺麗に灰になったものだな」

「まあ、前みたいにロックワームを呼び寄せちゃいけないからね」


 前回森の浅い場所にロックワームが現われたのは、透らがゴブリンの死体をそのまま放置したからだ。


 ゴブリンを好んで食べる魔物はほとんどいない。

 それでも前回のような万が一を考えると、灰にした方が良い。


「さて、それじゃあ穴を埋めて……うん?」


 ゴブリンの形が綺麗さっぱり焼失したのを確認した透は、その中に残った物体に目を奪われた。


「どうしたのだトール」

「いや、なんとなく見覚えがあるなあって思って……」


 穴の中には、薄黄色の固形物が残っていた。

 さすがにすぐに手にするのは気分的に嫌なので、透は手近な所に落ちていた木の枝を使って、その固形物をつついてみた。


「うーん。固いけど、なんだろう?」

「ゴブリンの脂肪じゃないか?」

「うへぇ」


 エステルの言葉に、透は思いきり顔をしかめた。

 ゴブリンの死体を見ても、透は心動かされることはなかった。


 だが、何故か『※※※※※(禁断の物体X)』であると想像すると、死体を見た時には一切感じなかった嫌悪感が激しく湧き上がった。


「脂肪はさすがに……んっ、脂肪?」


 そこで透の<思考>が高速回転を始めた。

 カチカチと回転した<思考>が導き出した結論に、透は体を震わせた。


(もしかしてこれ――――!?)

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