第39話 エステルの武器を見繕う
透は自分用の防具を3点、念のために剣を一本見繕った。
皮の胸当てに、小手、すね当て。そして鉄の短剣だ。
短剣はなかでも軽いものを選んだ。
ただの見せ武器なので、性能は一切期待していない。値段もそれなりだ。
胸当ては鉄が良いかと考えたのだが、試着してみると鉄ではかなり動きが阻害されることがわかった。
動く度に、いちいち固定部位が体を圧迫するのだ。
また軽く飛んでみると、僅かな隙間で胸当てが上下して、擦れた部分がヒリヒリと痛んだ。
「エステルはよく鉄の胸当てを付けていられるね」
「慣れだぞ慣れ。あとは自分の体に合うように、自分で調整していくのだ。たとえば私の場合は、体にあたる部分を数カ所削ってもらったのと、隙間が生まれないようタオルを入れているのだ」
「なるほど」
そうやって、量産品を自分専用にしていくのか。
透はエステルの努力に感心した。
とはいえ、透はそこまでして鉄の胸当てが欲しいとは思わなかった。
(僕は劣等人だし、最初は身の丈にあった防具が一番だよね)
それは、自らを卑下したものではない。
新人冒険者であり、劣等人でもある透が、少し高い防具を身に纏っていたら、先輩からやっかまれるのではないか? と思ったのだ。
(どうせ高い防具なら、自分が集めた素材のフルオーダーで作りたいしね)
さておき、透が武具を購入したあとも、エステルは剣を眺めて悩み続けていた。
「エステルはどう?」
「トールはもう決まったのだな」
「うん。ずっと剣を見てるけど、なにか探してるものがあるの?」
「……あー、うん、実は、だな」
エステルの歯切れが悪い。
何があったのだろうと首を傾げた透に、エステルが己の剣を持ち上げた。
「実は、私の剣がダメになってしまったのだ」
鞘から現われた刀身は、刃がボロボロになってしまっていた。
<鍛冶>スキルを持つ透は、そのダメージがいかほどか手に取るように理解出来た。
まだ折れるほどのダメージではないが、研ぎ直しは不可能なレベルだ。
もし研ぎ直しても、刀身が細くなり、それだけ折れやすくなってしまう。
無理に研ぎ直すよりは、新品を購入した方が安全だ。
しかし――と透は首を傾げた。
ただ剣を買い換えるだけの話しだが、何故エステルはここまで言いにくそうにしているのだろう? と。
「エステル。もしかしてお金がないの?」
「いや、購入資金についてなら大丈夫だぞ」
「んん? じゃあ、どうして落ち込んでるの?」
「剣の破損は剣士の恥なんだよ」
透の疑問に、カウンターに黙って座っていたシモンが答えた。
「剣を破損させんのは、大抵実力不足のせいだ。オレの剣をめちゃくちゃにしやがって。よくもまあオレの前に顔を見せられたもんだな」
「す、すまない……」
シモンが額に青筋を浮かべた。
彼に睨まれたエステルが、しゅんと肩を落とした。
剣を破損させるのは、実力不足のせい。その理屈に、透は心当たりがあった。
日本刀は、熟練者が使えば最高の刃物になる。
だが、未熟なものが使えば切れ味は鈍り、さらにあっさり刀が曲がってしまう。
それは、エステルが持つ剣に対してもいえることなのだ。
「チッ。……で、なんの魔物を〝叩いて〟そうなったんだ?」
「以前、ロックワームを斬りつけた時に、やってしまったのだ」
「ロックワームだと!?」
エステルの言葉に、シモンが過剰なまでに反応した。
彼はガタッと椅子から立ち上がり、目を血走らせた。
「で、そのロックワームは切れたのか?」
「いや、まったく切れなかったのだ……」
「……だろうな」
シモンが熱を失い椅子に腰を落とした。
「その剣でロックワームとやっても、切れるわけがねえ。まっ、折れなかっただけでもめっけもんだ。好きな剣を見繕え」
「……いいのか?」
「ふんっ。二度目はねぇぞ」
「ありがたい!」
シモンの言葉で、エステルの顔に赤みが戻った。
そこから透らは、商品棚から良い剣を探した。
「これは!」と思った商品があっても、値札を見てそっと商品棚に戻す。
それを繰返した結果、透は一本も長剣が見つけられなかった。
「……さすがに、金貨1枚の縛りはきついね」
「もう少しお金があればよかったのだが」
良い商品は沢山あった。
だが金貨5枚からという、非常に高額なものばかりなのだ。
とてもではないが、透とエステルの資金力では購入出来ない。
かといって金貨1枚で購入出来る長剣では、以前のものと変わらない品質しかない。
それではまた、同じ相手に負けてしまう。
エステルがロックワームに勝てなかったのは、その固い外皮を貫けなかったせいだ。
肉体性能ではなく、武器の性能で負けていたのだから、購入する武器は前よりも強いものでないと意味がない。
「ここは、間に合わせで購入して、お金が溜まってから良い武器を買い直すのはどう?」
「いや、武器はそうそう変更したくないのだ」
透の提案に、エステルは首を振った。
「武器を変えると、それだけで感覚を調整しなければならない。新人の頃は良いが、熟練の冒険者ともなると、僅かな誤差が命取りになる。だから、熟練の冒険者ともなると、一本良い武器を持ったら、それをずっと使い続けるのだぞ。
私が熟練と言うつもりはないが、出来るなら長く使える物を選んでおきたいのだ」
「なるほど……」
武器は自分の命を預ける盟友だ。
弱すぎればあっさり折れ、強すぎれば振り回される。
(僕はかなり振り回されてるからなあ……)
適切なパートナーを見つけることが、武器選びでもっとも重要である。
悩む透の瞳に樽が映った。
樽は入口横に置かれていた。
その中には武器が――まるで傘立てに入れられた傘のように、無造作に入れられていた。
「……これは?」
「そりゃ駄作だ。1本銀貨10枚」
「安い!」
所謂アウトレット品か?
値段の安さに食いつき、透は早速樽の中身をチェックする。
しかし、
「うーん」
どれもこれも、粗悪品ばかりだ。
辛うじて剣の素振りには使える、という品質のものしかない。
安いものには、安いなりの理由があるのだ。
「んっ、これは……」
それでも掘り出し物がないかと根気強く探した透は、一本の短剣が目に留まった。
それは、刃が付いていなければ、形成も中途半端な短剣だった。
分厚くガタガタな刀身に、ただ皮を巻いただけの握り。鍔は付いていない。
粗悪品というにはあまりに中途半端な短剣だったが、透は強く引きつけられた。
どこか、普通の鉄とは違う雰囲気を感じた。
「……シモンさん、この短剣の素材はなんですか?」
「魔鉄(ミスリル)だ」
「ミスリル!」
透は心の中で『定番鉱石キター!!』と快哉を上げた。
ミスリルといえば、日本のファンタジー定番素材で、魔術を通す性質があると言われる上級素材である。
(この世界のミスリルもそうなのかな?)
試しに魔力を通してみる。
すると、短剣はなんの抵抗もなく透の魔力を受け入れた。
「おー。これは、すごい」
「すげぇのはわかるが、そりゃダメだぜ。うちじゃ加工出来ねぇ」
「加工出来ない?」
「ああ。炉の温度が低すぎて、ミスリルが満足に溶けねぇんだよ」
シモンの弁を聞き透はなるほど、と思った。
刀身が分厚くガタガタなのは、形成しようとして出来なかったからなのだ。
不細工な短剣を見つめる透は、心のどこかで「自分なら行けるんじゃないか?」という思いがしていた。
それが<鍛冶>スキルによる確信なのか、はたまた素人の勘違いなのかはわからない。
(せっかくだし、<鍛冶>スキルのチェックがしたいよなあ)
まだ確認出来ていない<鍛冶>をここで出来ないか?
そう思った透は、さっそくシモンに交渉した。
「シモンさん!」
「な、なんでぃ!?」
急に真面目な顔つきになった少年(トールと呼ばれていた)が、シモンを呼んだ。
そこには先ほどまでののほほんとした牧歌的な雰囲気はなく、どこか剣呑としている。
(なな、なにをしでかすつもりだ!?)
まるでドラゴンに睨まれたゴブリンのように、シモンはガクガクと膝を震わせる。
欲しいのは命か……?
彼がこの場で暴れれば、シモンなど一瞬で血煙になるに違いない。
それほどの力がある者が、羽虫一匹の命を気に掛けるだろうか?
ならば、高額商品か?
ええいその程度、命に比べたら安いもんだ! いくらでもくれてやる!
彼が何を要求したとしても、せめて自分の命とこの店だけはなんとしてでも守り抜かねば! そう、シモンは震える足で決意を固める。
「僕に炉を貸していただけませんか?」
「へっ? …………あ、ああ、いいぜ」
その程度のこと、命と店を奪われる未来に比べたら安いもんだ。
シモンは僅かに安堵し、トールに炉の貸し出しを許可した。
対して透は、内心驚いていた。
(あ、あれ、なんかあっさり借りられちゃったな……)
てっきり透は、シモンが横に首を振るものだと想像していた。
炉は職人の大切な道具だ。そうそう簡単に借りられはしないだろう……と。
しかし、何故かあっさりOKが貰えた。
(うーん。まっ、いっか)
考えるも、何故あっさり借りられたのか答えが出ない。
シモンは気前が良い人なのだということにして、透はシモンと共に作業場に向かうのだった。
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