戦場もまた、軍人の日常

 加速した白雪スノウは、真っ暗な森の中を迷うことなく進んだ。その赤い瞳は爛々らんらんと輝き、獰猛な牙は剥き出しになっている。明らかな敵意を向けて、暗い森の奥を睨んでいた。

 ややあって、その足が止まった。

 冷気が強くなり、真っ白な毛並みが逆立つ。


 舌打ちをしたモーリスは、スクリーングラスの暗視モードを解除し、冷気が立ち込める暗闇に魔装短機関銃マギア・サブマシンガンの銃口を向けた。

 トリガーが引かれ、激しい銃声の中、飛び散る薬莢が闇夜に消えていく。


「爆ぜろ!」


 冷気の中、うっすらと見える黒い影に叩き込まれた弾丸は、輝く魔法陣を生み出し、真っ赤な炎を上げた。

 その直後だ。

 再びトリガーを引くが、凍える強風が吹きあがった。そして、いくつもの氷のつぶてが暗い森の中から飛来した。

 ガツガツと音を立て、礫は木々の幹に当たった。すると、そこを中心として太い幹がパキパキと音を立て始めた。それを目視したサリーが「凍ってる!?」と声を上げると、白雪は後方に飛びのいた。

 つい今しがたいた場所に、いくつもの氷の礫がめり込み、地面は白く凍っていた。


「白雪! あの氷に触れるなよ」

「変異種で間違いなさそうね!」

「愛翔、風で礫の軌道を変えろ!」

「あんたの火の魔法陣の方が良いと思うけど──」


 言いかけた直後、強烈な冷気を感じたサリーは、反射的に愛用の鉄扇を構えた。

 白く輝いた鉄扇が風を巻き上げ、襲い来る氷の礫が次々に木々の幹にめり込んでいく。


対魔砲弾マギア・ランチャーを使う!」


 魔装短機関銃を構えたモーリスは、白雪の背に積んである対魔砲弾マギア・ランチャーを確認した。弾数は限られているが、確実に魔装短機関銃よりも強い魔法陣が発動できる。ただし、装填された弾は四発。


「積んでる弾は何!?」

「捕縛用だ! 俺は、少将ちゃんほど魔精量が多くないからな!」


 これが限界なんだと内心で苦笑したモーリスはサリーを横に退避させると、対魔砲弾のトリガーを引いた。

 爆音とともに、砲弾は赤い尾を引いて五十メートル先に着弾した。


捕らえろバインド!」

 

 モーリスが叫べば、砲弾は白く光を放って魔法を発動した。

 縦横無尽に放たれた光は、まるで網目の様になり、そこにいた巨体を包み込む。

 光に照らされ、その魔物の全容がはっきりとした。魔狗ハウンドを二回りほど大きくした巨体は真っ青で、硬質な毛並みを逆立たせ、獰猛な赤い瞳をぎらつかせている。

 太く鋭い爪が光の網にかけられ、引き千切らんと暴れ、ぱっくりと開いた口は空気を裂くような咆哮を放った。


「続けて撃つ!」


 暴れる巨体に二弾、三弾と続けざまに砲弾が撃ち込まれた。

 青い巨体が地面に這いつくばる。それでも足掻き、唸り声をあげている。光の網は動きを押さえるだけでなく、対象の魔精を吸収する効果もある。それを三発撃ち込まれているのにかかわらず、這い出そうとしているのだ。その底知れぬ魔精量は、脅威と言える。


 二人は、ぞわりと背筋を震わせた。

 これを野放しにしてはいけない。そう、本能が告げていた。

 モーリスは体内の魔精量が目減りしたのを感じ、ずしりと重くなった腕にぐっと力を込めた。


(さすがに、四発連続はきついな。だが──)

 

 再び、標的の青い獣に視線を向け、口から長い息を吐きだした。

 魔装武器の弾には魔法が込められている。それを発動する時には、自己の体内魔精を使う必要がある。当然だが、弾の種類や質量によっても消費される魔精量は変動する。小さな銃弾であれば消費量と回復量のバランスはだが、砲弾のサイズともなるとそうもいかない。瞬間的な体内魔精の減少は、採血で血を抜かれるようなものだ。その量が大きければ体に大きな負担をかけ、貧血症状や失神を起こすこともある。


「代わるわよ!」

「いい! お前は温存しとけ!」

「でも……」

「ちょっと多めの献血と思えば、何てことはない」

 

 少将ちゃん──翁川綾乃がたどり着くまで持ちこたえればいい。そう判断したモーリスは、再び青い獣に照準を定めた。

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