6-10 もう一組の幼馴染たちが気にならないわけがない
***
その日の午後のこと。
モーリスとサリーは業務の合間に、基地内にある入院施設を訪れた。
「サリーさん!」
ベッド横の安っぽい折り畳み椅子に座っていた清良の顔が、嬉しそうにぱっと華やぐ。ベッドに腰かけていたケイは慌てて
「楽にしてくれ。調子はどうだ?」
見舞いの果物が入った籠をベッド横の小さな台に置き、モーリスはケイの状態をさっと確認した。
利き腕に損傷があると聞いていたが、存外、顔色は良さそうだった。
モーリスが安堵して息をついていると、サリーは清良に歩み寄ってその小さな体を抱きしめた。
「清良ちゃん、怖い思いさせたわね。あぁ、顔に擦り傷作っちゃって」
「このくらい平気です。それに、ケイが助けてくれたから……」
「うん。そうね……でも、今回のことは本当に申し訳なかったと思ってるの」
健気に笑う姿にサリーは少し眉をひそめた。
「あたしがもっと早く、慎士のやろうとしていることに気づけてたら、こんな酷い目に合わせずに済んだんだもの……」
「サリーさん……私、知ってたんです」
「え?」
「サリーさんと慎士さんがお付き合いしていたこと。でも、あの頃の私は、何を信じたらいいか分からなくて……私を守ってくれる人が誰かも分からなくて」
ちらりとケイを振り返った清良は、すぐさまサリーを見上げる。
「皆に、甘えていたんです。慎士さんが、何かやろうとしているの……薄々分かっていたのに、それを問うことも、止めることも出来なかったのは、私も同じです。だから──」
サリーの背に両手を回した清良は、力いっぱい彼を抱きしめて「ごめんなさい」と呟いた。謝るべきは自分なんだと。
今にも泣き出しそうな顔になったサリーは、
「本当は、慎士さんにも謝りたいけど……会わせてもらえないんですよね?」
「……清良ちゃん、本当にいい子過ぎるわよぉ」
ぐすぐすと涙声になったサリーを見て、モーリスは呆れながら息をつくと、清良に視線を向けた。
「会うのは難しいが、手紙くらいなら届けられるだろう。中身を検分はされるだろうが」
「お願いします!」
「……今すぐ便箋買いに行きましょう! 売店にあったはずよ」
鼻を啜ったサリーは、清良の手を握ると病室を出ようと促した。それにモーリスは「ゆっくりしてこい」と言い、笑い合いながら出ていく二人の背を見送った。
二人の仲良さそうな声が遠のくと、病室に静寂が訪れた。
空いた椅子に腰を下ろしたモーリスは、ケイを呼ぶと、彼の緊張を解すように笑いかけた。
「少しばかり、話に付き合ってもらえるか?」
「……はい」
「そう固くなるな。別に尋問をしようって訳じゃない」
そう言いながら、ケイが気楽になれない気持ちが分からない訳でもなかった。
例えば自分が比企中佐と二人になり、話を聞かせてほしいと言われたら、何か失敗をしただろうかと背筋が凍ること間違いないだろう。そんなことを想像しながら、モーリスは肩を
「腕は、動くのか?」
「……手首の可動域に障害が残るそうです。リハビリを重ねれば、私生活で支障がない程度には回復すると聞きました」
「つまり、今までのような、正確な狙撃は期待が出来ないってことか」
そう言うと、モーリスは静かに息を吐いた。
病室を訪れる前に、黒須から障害が残るという話は聞いていた。しかし、改めて本人から聞くと、やりきれない思いが込み上げる。
もう一手早く、事態に気づいていれば、有能な若手を失うことにはならなかったかもしれない。そう思うと、後悔の念が押し寄せてくる。
(だが、それはケイ自身も同じ……いや、俺以上の絶望だろうな)
口を引き結んでいるケイの心中を察し、ともすれば零れそうなため息を飲みこんだ。
「最前線に立つのは厳しいな。だが、軍内部で、お前の能力を活かせる場はいくらでもある」
「──ありがとうございます」
「そう悲観するな。何も、前線で生死をかけるだけが仕事じゃない。それに、このアサゴを守ることも立派なことだ」
俯いたケイの頬を涙が伝い、シーツの上にぽたりぽたりと落ちる。いくつもの丸い染みが広がった。
もしも怪我が利き手でなければ。そう考えているのかもしれない。
「申し訳、ございません」
「自分を責めるな。お前は民間人を守った。それは名誉の負傷だ。誰も責めはしない」
「ですが、私情で動きました。軍人として──」
「ケイ! お前は織戸清良を守った。それだけのことだ」
「……教官?」
上げられた顔は涙で汚れていた。
「お前は、このアサゴを守れ。織戸清良と一緒にな」
ケイの黒髪をかき乱したモーリスは、泣くなと言って笑顔を見せる。
止まらない涙を腕で拭いながら、何度も頷くケイの姿を見ながら、モーリスはふと染野慎士を思い出す。あの男も片足を失った時、こうして後悔に涙を流したのだろうかと。
「教官、ありがとうございます」
絞り出すような感謝の言葉が、ケイの口をついて出た。
「清良を、俺を助けて下さり……ありがとうございました」
その涙は後悔によるものではなかった。繰り返される感謝の言葉に、
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