6-2 騙し騙され、それでも生きていく
軍上層部が魔物を召喚できる
「自分の罪を軽くするためではなく、ですか?」
「慎士の罪を?」
「はい。彼は自分に利用されただけだからと」
頷いた綾乃は、ちらりとサリーの様子を伺うと話を続けた。
「染野慎士ですが、軍の情報を外部に漏らしたことを問われるとは思います。でも、織戸清良さんが、誘拐に関しては否認をしています。あくまで、自分の意思で外に出たと、彼の罪を軽くして欲しいと訴えています」
「清良ちゃんが……?」
「おいおい、どうなってるんだ?」
ますます理解が出来ないと言いたげに、モーリスは天井を仰ぎ見た。
レネ・リヴァースの言葉は何が本当で、何が嘘なのか。さっぱり分からない。ただ分かることは──
「まぁ、でも……
乾いた笑いをこぼしたモーリスは、サリーを見る。
口許を覆って足元を見つめている彼は、得た情報を脳裏で必死に整理しているのだろう。
美しい鳶色の瞳に涙が浮かび上がった。
もしもあの時、レネ・リヴァースが死んでいたら、恐らく何も分からないままとなり、染野慎士も弁解の場など設けられなかっただろう。そう考えると、背筋が寒くなった。
「女心と言うのは、複雑なようですね」
困ったように小さく言う綾乃に、モーリスは相槌を打つ。
「騙し騙され、それでも思うものがあるってことですかね?……ちょっと俺には理解できませんが」
「私にも、良く分かりません」
「少将ちゃんはそのままで良いと思いますよ」
誰かの思いを利用して、騙し騙されるような生き方は、どう考えても綾乃に似合わないだろう。どこまでも真っ直ぐだからこそ、モーリスやサリーは彼女を慕っているのだ。
謝意を込めてにこりと笑った綾乃は、ふと思い出したように真剣な面持ちになった。
「ただ……戦場でしか生きられないような者も、多かれ少なかれいることは、私にも分かります」
「染野慎士のように、民間で生きにくさを感じている退役軍人をどうするかって話ですか?」
「はい。そのサポート体制を改める機会とするべきだと、比企中佐が上層部へ進言することを約束してくださいました」
「さすが、我らが比企中佐。よく分かっていらっしゃる」
教官の
「染野慎士は、中佐の教え子ですからね。責任を感じておられましたよ」
「ヤツの気質の問題だと思いますけど?」
「そうかもしれませんが、それでも責任を感じるのが教官というものでしょう」
「確かに。そんな中佐の下だから、俺等も頑張れるんですけどね」
綾乃の言葉に頷くモーリスは、もう一度、サリーに同意を求めてその顔を覗いた。
煤に汚れた頬を涙が伝い落ちる。
それを目にしたモーリスと綾乃は小さく息をつくと顔を見合い、自然と微笑み合った。そして、朗らかな笑みのまま、綾乃はサリーに声をかけた。
「お疲れ様でした。サリー、次からはもう少し早く、私にも相談してくださいね。その……恋の相談は難しいですが、軍人として、仲間を思う気持ちは同じですから」
「少将ちゃん……」
綾乃の気遣いに感極まったサリーはモーリスの手をはね除け、勢いよく彼女に抱き着くと、声を上げて泣き出した。
その背を、彼よりも小さな白い手が撫でさする。まるで大きな子供をあやすように。
二人の様子を見て、そのポジションを代わって欲しいと思いながら、モーリスは肩の力を抜いた。
(大団円とはいかなかったが……)
落としどころとしては、まずまずか。最悪は回避できたのだろうと考えながら、しばらく、泣き続けるサリーを見守った。
その涙が染野慎士のためだと思うと、少し、癪に思いながら。
ややあって、サリーは頬を濡らす涙を手の甲で拭った。
「少将ちゃん、ケイ・シャーリーと清良ちゃんは?」
しゃくり上げながら、サリーはもう一つの気がかりを尋ねた。
モーリスも、はたと気付く。
織戸清良の無事は先ほどの会話で確認できたが、改めて、胸の内に不安が浮かんだ。
(あの時、ケイは気を失っていただけなのか。それとも──)
もしものことがあれば、最悪ではないか。そう不安に思うのはサリーも同じなのだろう。祈るような面持ちで、綾乃を見つめている。
綾乃は、不安そうな顔をするサリーに朗らかな微笑みを向けると、安心してくださいとはっきり告げた。
「二人とも軽症です。解毒剤も効きましたし、問題はないかと思います」
瞬間、二人の緊張の糸が解かれた。
脱力したモーリスは無意識にしゃがみ込み、髪をかき乱しながら「良かった」と声を零す。サリーは、再び浮かんだ涙を指先で拭った。
最悪を回避できたことを確信し、盛大に、安堵のため息がついて出た。
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