4-13 敵はシーバート?

 魔樹が花を咲かせるときに同胞を産むと言われている。花付きかそうでないかで、魔精石の大きさにも違いはあるが、そうだとしても、せいぜいその差は二、三倍程度と言われる。

 モーリスが示した数値は、さらにその上を記録していた。


「冗談はよして」

「進んだ先にいたこいつの喰いっぷりは貪欲だった。候補生では太刀打ちできない程、樹皮も硬かった。それが短時間で二体、現れている」

「……この辺りの低木に花は?」

「当然咲いていた。だけど、それに候補生たちは気付かなかったって、口を揃えて言うんだ」


 魔樹に影響を受けて咲く低木の花を目印にし、進退を考えることは赤の森だけでなく、どの森に入ったときにも使える指標だ。それを身に付けることも、この演習の課題の一つだった。当然、演習前に座学でも教えている。


「気付かないなんてある?」

「霧がかかっていたって言うヤツもいた」

「この時期に霧?」

「そんなもん出てなかったよ」

「……どういう事よ。まさか、弱い魔樹が誘導したとでも言うの?」


 モーリスの話を聞く限り、魔樹が幻覚を見せたか、花を隠したとしか思えなかった。だが、自ら言いながら、サリーはすぐさまかぶりを振った。到底、納得など出来なかったのだ。


魔樹あれにそこまでの知能はないわ」

「あぁ。花の匂いと蜜や樹液に催淫効果はあるが、それだけだ。捕食する際に暴れさせないためのものであって、誘い込むためじゃない」


 再び回転弾倉シリンダーを手にしたモーリスは、訳が分からないと言いたげな顔で首を横に振った。

 画面を睨み、他の記録も一通り確認したサリーはしばらく思案すると、綺麗な眉をひそめた。


「変異種なの?」


 呟くようにこぼれた疑問に、モーリスはブラッシングの手を止めることなく、そうかもなと頷く。


「魔樹が弱った獲物を待ち伏せるんじゃなくて、誘い込む程の知能を持ったら……下手したら、街を襲うんじゃない?」

「どうだろうな。奴らが街を囲む城壁を越えられるとは思えないが」

「まぁ、そうね。でも──」


 拭えない不安に顔をしかめたサリーは唇を噛む。

 赤の森は特に魔樹の生息数が多いと言うだけで、他の森にいないわけではない。もしも奴らが今以上に知能を持ったとしたら、ぞっとした。


「シーバートなら、魔獣を操れる」


 サリーの冷ややかな声に、モーリスは手を止めた。

 シーバートにも魔装具を扱う軍人がいる。その中でも特に限られた者が、魔獣を抑える能力を持っていることは、他国でも有名な話だ。


 魔装具で従わせる装甲獣アルマ・ビーストの類いとは異なり、シーバートの能力では完全に統べることは出来ないと言われている。不完全な使役能力だったとしても、街を襲う魔物の集団を退けることが可能なため、シーバートが少ない軍事力で国を保てているのは、その能力があるためだと、他国では実しやかに伝えられている。


「……イサゴの悲劇でも、水棲人マンフォークは彼らに操られていたって話があるわ」

「それと同じように、魔樹ローパーを操るんじゃないか……?」

 

 さすがに考えすぎではと思う反面、否定材料が見つからず、モーリスは低く呻いた。


「精密なコントロールは出来ないって話だよな」

「魔物の群れを退けられるなら、導くことも出来るんじゃない?」

「操ったところで、アサゴの壁を奴らが超えることは出来ない」

「それはそうだけど……」

「そもそも、それと魔樹の魔精の異変を関連付けるのは、情報不足だろう」


 いまいちその光景が想像できず、首を捻るモーリスは、ふと壁にかかるカレンダーを見た。

 今月は赤の森演習月間だ。数日間を開けた後、別隊が出発する予定になっている。


「なぁ、次の赤の森に向かう班を預かるのは、如月きさらぎだったか?」

「そうね。その次があたしよ」

「……異変に関しては早めに共有した方が良いな。如月にも、探ってもらおう」

「じゃぁ、二匹の犬の方は私がまとめるから、あんたはそれを早急に上げて」

「今夜はゆっくりベッドで眠れると思ったんだけどな」

「候補生が学べる場を整えるのも仕事よ」

「分かってるって」


 やれやれと呟くモーリスは首をコキコキと鳴らしながら、工具の箱を片付け始めた。内心、銃を磨くのは就寝前のルーティンなのにと苦笑っていたが、その表情はいたって静かだった。

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