3-2 季節の花に彩られた隠れ家のよう

 しばらく歩道を進むと、サリーはモーリスの手を払って立ち止まった。


「何、まだ妬いてんの?」

「そんなわけないでしょ」


 不機嫌な顔で見上げてくる姿をまじまじと見たモーリスは、へぇと呟く。

 美しいピンクブロンドの髪がふわりと揺れ、サリーから香る甘い芳香が、モーリスの鼻腔びこうをくすぐった。それはまるで樹木に咲くオレンジの花のようで、爽やかで甘さだ。

 食べたくなる。そんなことを言った暁には、美しいおみ足が宙を切りそうだが。そんなことを考えながら、モーリスは口元を緩めた。


「何よ、黙り込んで」


 居心地悪そうに唇を尖らせる表情に、モーリスは微笑み返す。その微笑みはあまりにも綺麗で、横を通り過ぎる女性たちがちらちらと盗み見たほどだ。

 ぱっと白い頬を染めたサリーは、その顔を隠すように背を向け、グレンチェックのロングスカートをひるがえした。

 葡萄酒色バーガンディのニットシャツに、肩に羽織るのはオフホワイトの大判のストール。その裾には、シャツの色味に合わせた薔薇が描かれている。耳まですっぽり入るだぼついたツバ付きニット帽のおかげもあって、遠目には彼が男だと分からないだろう。


(いや、控えめに言っても、女神だけどな)


 サリーの姿に見とれながら、モーリスの口元は緩みっぱなしだった。


「じろじろ見ないでよ」

「分かっていたが……お前、何でも似合うよな」

「は? 何、それ」


 くるっと振り返った顔は驚きの色に染まり、つぶらな瞳がさらに大きく見開かれた。

 赤い唇を少し尖らせながら、ショーウィンドウに映る自分を見たサリーはニット帽の角度を直した。

 その腰に片手を回して引き寄せると、モーリスは耳元に口を寄せる。


「綺麗だ、て言ってるんだけど?」

「もう少し、ストレートに言わないと、なびくものも靡かないわよ」

「へぇ、少しは喜ぶんだ?」

「……ここで蹴り飛ばしたら人目につくでしょね」


 モーリスの腰に腕を回し、彼を見上げて微笑みながら青筋を立てるサリーは唇が触れそうな距離で囁いた。


これデートは清良ちゃんの為だから」


 はたから見れば、公衆の面前で堂々といちゃつく美男美女だろう。

 十分人目についていることに気づいていないのだろうか。その疑問をひとまず保留にし、モーリスはとびっきりの笑みを披露する。


「それじゃ、お洒落なティールームに向かおうか?」

「えぇ、そうね。いたいなら、全部あなたのおごりでね」

「今の時代は平等がセオリーだと思うけど?」

「あたしと付き合うなら、あたしルールでいくのよ」


 バチバチと火花が散りそうなほどに見つめ合った末に、モーリスはおおせのままにと言って苦笑した。

 レンガの敷き詰められた遊歩道を進み、二人が訪れたのはちまたで評判のティールームだ。


 建造物は、旧世界の建物を侵食した樹木をそのままにした古い建物だ。新しい建材で補強をしながら、旧世界のものを使うことは珍しくないが、この店の外観は別格と言えた。

 古びた建造物は薔薇のつたや木々の枝葉に覆い尽くされている。夏は青々と葉を生い茂らせて瑞々みずみずしい様を、秋は赤々と輝く紅葉を見せ、その時折の花を咲かせる。その様相はまるで、お伽噺とぎばなしに出てくるような美しい森の隠れ家だ。


 街の外にある森はどこに立ち入っても、魔物がいる。

 気楽に森へ行くことの出来ない人々の癒しが、作られた森のようなティールームとは、なんたる皮肉だろうか。

 店内に入り、客の笑顔を眺めたモーリスは、心の内で苦笑いを浮かべた。


 ブランチ時ということもあり、室内の席は若いカップルや女性客で賑わい始めていた。多くの客の目的は、この癒しの空間で味わう紅茶と洋菓子だろう。あちらこちらから、花のような香りと甘い砂糖とミルクの香りが漂ってきた。

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