俺の幼馴染みは戦場の女神になれない

1-12 恋にうつつを抜かすなと言えるほど、人間が出来てない

「何があったんだ？」

「……あの、ここだけの秘密にしてもらえますか？」

「話の内容にもよるが」

　ボトルの蓋を開けたモーリスがそれを傾けると、ケイは一度大きく息を吸った。

「その……先輩方に、社会見学だって言われて繁華街に連れていかれたんですが、その時……あの、染野少佐のご子息が女性と、その、そ（・）う（・）い（・）っ（・）た（・）店（・）に入られるのを見まして」

　言いにくそうに打ち明けるケイの耳が赤くなった。

　さらに夜遅くなってからの歓楽街で、染野慎士が別の女性と歩いているのも目撃したと打ち明けられ、モーリスは天を仰いだ。

　そ（・）う（・）い（・）っ（・）た（・）店（・）とは、風俗店か連れ込み宿（ファッションホテル）のことだろう。どちらにせよ、大切な幼馴染の婚約者が他の女を連れて歩いているのを目撃したのだ。相当ショックだったのは間違いない。

　噂通りの男だと知ったとき、その心中はいかなるものだったのか。

　考えると、ふつふつと怒りすら沸き起こった。染野慎士に対してだけでなく、ケイを繁華街に連れ出した奴らを締め上げたい気すら起こり、モーリスは口元を引きつらせ、冷たいフェンスを握りしめた。

　冷静になれと自身に言い聞かせる。

　問題の大前提は、染野慎士の存在だ。さてどうしたものかと、顔を覆うようにしてこめかみを押さえたモーリスは、ふとサリーの後ろ姿を思い出した。

「……彼女のことを思うと気が気じゃないだろうな」

　幼馴染と言うのは何とも複雑だ。家族愛に近いためだろうか。それ以上になるには何かが足りないのだ。

　何度もサリーが他の男と付き合うのを見てきたモーリスだからこそ、ケイの心中が穏やかでないことは容易に想像がついたのだろう。

（出来ることなら自分の手で幸せにしたいと思っているんだろうが──）

　そう簡単にいかないのが世の常だ。

　モーリスの脳裏に浮かんだのは知らない男と並んで歩くサリーの姿。その横にいるべきは自分だと思いながら、彼が笑っていればそれでいいとも思う。嫉妬と幸福、安堵がない交ぜになった感情は形容しがたい。

　空を見上げて手を退かした先では、暗がりの中ぽつりぽつりと星が輝きを見せていた。

（どれとどれを繋いだら、星座になるんだったか）

　そんなことを思いながら、ケイを見る。そこに思いつめた自分の顔を重ね見たモーリスは、思わずため息をこぼした。それが自身に向けられたと勘違いしたケイは、俯きかけていた顔を慌てて上げた。

「殺したいとかじゃないんです！」

「……だろうな」

「でも、俺、このまま彼女が幸せになれるとは思えなくて……ぐるぐる考えてしまって、それで」

　必死な訴えに、モーリスは口角を緩める。

（恋にうつつを抜かすな。そう言えるほど、俺は出来ちゃいないし──）

　希望に満ちたケイの顔を思い出すと、モーリスは彼が嘘をついているとは思えなかった。しかし、射撃というものは精神状態が大きく関わる。このまま時が解決するのをただ待つのも、やや危険に思えた。

（まぁ、なんだ……乗り掛かった舟、てやつだな）

　今にも泣き出しそうなケイの頭に手を置いたモーリスは、くしゃりとその髪を撫でまわした。

「結婚の日取りはいつだ？」

「一年後だと聞きました」

「まだ時間はあるな──」

「……教官？」

「染野少佐も、そんなことが明るみになったら何かと困るだろう。この件、任せてもらえるか？」

　ケイの瞳が大きく見開かれる。

「だけど、忘れるな。最後どうするかはその彼女が決めることだ。そして、お前がやるべきことは、守りたい人のために人を殺すことじゃない。覚悟を持って前線に立ち、一体でも多くの魔物を駆逐（くちく）することだ」

「……はい！」

　綺麗な敬礼を見せたケイに軽く答礼をしたモーリスは、さてまずはどうしたものかと思案した。

「とりあえず、その幼馴染のことを少し、教えてくれるか？」

「あ、はい。彼女の名前は──」

　夜の討伐に向かう装甲飛竜（アルマ・ドラゴン）の巻き上げる風の中、ケイは幼馴染のことを語り始めた。