6-9 最後の弾丸を抱いて眠れ

 使い慣れたシャンプーの香りに包まれたサリーが、かたわらに立っていた。


「希望を抱いた完全な三となる……だったかしら?」


 それに頷き、次の弾薬を手にしたモーリスは、さらに言葉を続ける。


「二つの祈りを月に捧げ」


 横に腰を下ろしたサリーは飲みかけのカップを手に取り、モーリスの手元をじっと見ると、ゆっくりと口を開いた。

 

「最後の弾丸を抱いて眠れ」


 二人の声が重なり、祈りの言葉とともに装填が完了した。

 手の中の回転式拳銃リボルバーをじっと見つめたモーリスは、懐かしさに目を細める。


「懐かしいわね。ロマンチストな教官の言葉よね」

「あぁ。は自分の為に使えって常々言ってたな」

「当の本人が、弾切らして魔物に食べられてたら、世話ないわ」

「そう言ってやるなよ。必死だったんだろう。俺等を逃がすことで」


 愛銃を台に下ろし、モーリスは小さく息を吐く。


「──まぁ、同じことするだろうな、俺も」

「ほら、やっぱりに似てきた! やめてよね。簡単にあたしを残していなくなったら、許さないんだから」


 声を荒げたサリーにきょとんとしたモーリスは、小さく噴き出して笑う。

 それに、何よと不満そうに唇を少し突き出したサリーは、真っすぐに向けられた真剣な眼差しに言葉を詰まらせた。


「勘違いすんな。お前がやられそうになったらって話だ」

「……バッ、バカじゃないの!?」


 シャワーを浴びてほのかに染まっていた頬がさらに赤くなる。


「あたしは、そう簡単にやられたりしないわよ!」

「知ってるさ。だけど、絶対なんてない」


 今は前線から遠ざかっている。しかし、二人とも、いつ最前線に送られるか分からない立場であることに変わらない。


「それに、もしもお前を守り切れなかった時は──」


 敵を八つ裂きにして、最後の弾丸は自分に使うだろう。そう本音を言葉にすることははばかられ、モーリスは言葉を飲み込んだ。


(きっと、愛翔はそんなことを望まない。それでも、俺は──)


 黙り込んだモーリスを見て、サリーはため息をつく。


「守って欲しいなんて、いつ言ったかしら?」


 すっかり冷めた珈琲を飲み干し、カップを台に戻したサリーは、モーリスの肩に手を添えると、とんっと軽く押した。

 容易たやすくベッドに押し倒されたモーリスは、不愉快な顔で見下ろしてきたサリーを見つめる。

 潤んだ鳶色の瞳は、泣いているというよりも怒っているようだった。


「あたしも軍人なんだけど?」

「知ってる」

「あんたが守られる方かもしれないわよ?」

「それは……考えていなかったな」

「ほんっと、バカね。それに、銃の腕はあたしの方が上よ」


 呆然としているモーリスに覆いかぶさり、サリーはしっとりと濡れた唇を寄せた。

 優しく触れるだけの口付けに、モーリスは心の内で敵わないなとひとちる。だがそれは決して不快なものではなく、むしろ居心地がよく──


「あたしがいれば、あんたの弾丸は、いつまでも最後の一発にはならないわ」


 再びモーリスを見下ろすサリーは、口角を上げて不敵に笑った。

 朝日を浴び、しとどに濡れたピンクブロンドの髪が煌めき、神々しさすら湛えている。


嗚呼ああ、そうだよな──)


 空から舞い降りた勇ましくも美しい姿を思い出し、モーリスは苦笑する。


「すげぇ自信だな」

「あんたほどじゃないわよ」


 ふわりと笑ったサリーは頬に伸びてきた指に、自らすり寄った。


「お前は最高の相棒バディだ」

「もう! そこは伴侶パートナーじゃないの?」

「そこ、拘るとこか?」

「拘るとこでしょ」


 唇を突き出して不満顔になるサリーを愛しく思い、モーリスは彼を腕の中に引き入れると強く抱きしめた。


「言葉なんてどうでもいいさ。一生、俺の背中を預けるのは、愛翔、お前だけだ」

「……そうね、あたしをその名前で呼べるのは、あんただけよ。モーリス」


 愛しいだけでは言葉が足りない。そんな思いで、何度目か分からない口付けを交わした二人は顔を見合わせると、ほんの少しの照れくささを滲ませて笑い合った。

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