6-8 不完全な六に命を預けるな
朝日が差し込み始めた部屋に白い肌が晒される。
いたる所に花びらのような情欲の痕が散らされていた。それを見て、モーリスは堪らず口元を緩めながらカップを差し出した。
「何、にやけてるのよ」
「いやぁ、絶景だなと思ってさ」
カップを受け取ったサリーは首を傾げる。意味が分からないと言う顔で珈琲を啜っていると、モーリスの指が胸元をついっと掠めた。
「ちょっと……朝から変な触り方しないで!」
「──これ、俺がつけたんだよな?」
「何、当たり前なこと聞いてるのよ」
「目に毒だな」
「あ、こらっ! 舐めるな!」
赤く残る痕を確かめるように舌先でつつくモーリスに慌て、零しそうになったカップを両手で持ったサリーは羞恥で身を震わせた。
珈琲をベッドの上でひっくり返すわけにもいかないし、どうしたものか。そんなことを考えているのだろう。耐える姿も可愛いと思いながら、モーリスは楽しそうな笑みを浮かべている。
「抵抗しないと、
「珈琲、ぶっかけて良い?」
「さすがにそれは面倒そうだな」
モーリスの手がカップを取り上げた。
覆いかぶさり、唇を重ねる。それは、口腔に拡がる珈琲の香りも苦みも、全て飲み込もうとするような、熱い口づけ。
角度を変え、何度もしつこく唇を味わっていると、耐えかねたサリーの拳がモーリスの背を叩いた。
一度、二度、三度と繰り返し叩く。
それでも離れようとしないモーリスに、苛立ちを感じたのだろう。サリーの白い拳がきつく握りしめられ、振り上げられる。
殺気を感じたモーリスは
「今、本気で振り下ろしただろう?」
「あんたがいつまでも、がっつくからでしょ!」
「そりゃぁ、そんな美味しそうな姿見せられたら、
やに下がる顔に枕が叩きつけられ、モーリスの言葉は途切れた。
「シャワー、使うから!」
脱ぎ散らかした下着と服を拾い上げたサリーは、さっさとドアの向こうに消えてしまった。
床に落ちた枕を拾い上げ、ベッドに腰を下ろしたモーリスは満足そうな顔で珈琲カップに手を伸ばした。そのすぐ傍には愛用の
(昨日は磨かなかったな)
日課でもある就寝前の銃の手入れを忘れていたことに気づく。
カップの中身を飲み干し、長い息を吐いたモーリスは愛銃を手に取ると、弾薬を抜いた。そして、台の下にある手入れ用の道具が入る籠の中から
窓からは朝日が差し込み、思わず口元に笑みを浮かべる。
いつもなら夜の電灯で手元を照らしながら行うことを、眩しい光に目を細めているのが、どうも可笑しく思えた。
しばらく無言で磨いていると、ふと懐かしい言葉が脳裏に浮かんだ。
「──不完全な六に命を預けるな」
空っぽのシリンダーを回転させ、モーリスはその言葉を、噛み締めるように呟く。
「五つの愛を知り、四つの孤独を抱いたものは──」
弾薬を丁寧にひとつずつ込めていきながら、思い出すのは、懐かしい教官の声だ。
命を預ける銃に愛情を注げと言い、候補生を守り死んでいたロマンチストの教官。彼の教訓は良くも悪くも、モーリスの心に根付いている。
残り三つの穴を埋めるべく弾薬を手に取ったモーリスは、手元が僅かに暗くなったことに気づき、顔を上げた。
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