5-7 黄昏を切り裂く紅い刃

 日暮れ時間近で、そろそろ民家に明かりが灯り始める時刻だ。しかし、木々が生い茂る五十八番通りに並ぶ民家には、明かりが一つとして灯されていない。

 この一帯も避難が完了しているのだろう。


「サリー、怪しいものはないか?」

『なさそうよ。ここ一体に停まってる車両の識別番号も、問題ないわ』

「民家、一件ずつあらためるか?」

『そうね。それが……あら?』

「どうした?」


 何かを見つけたらしい反応に問い返すと、モーリスは空を見上げた。そして、紅火ルーフスが向く方角を確認し、モニターグラスに周囲の地図を映し出す。

 何が引っ掛かるのかと確認をしていると、サリーから返答が返ってきた。


『三時の方角。見覚えのない林があるわ』

「林?……よし、そこに向かおう」


 真剣身を帯びたサリーの声に、そこだと直感が働く。

 目標地点を定めたモーリスは白雪スノウの背を叩いて、再び人気のない道を走り出した。

 ややあって、たどり着いた小高い丘は鬱蒼うっそうとした木々に覆われていた。


 モニターグラスに映し出される地図を確認すると、そこは古い墓地が点在する丘と記されている。確かに墓地と共に木々も生えていることに、何ら不思議はないのだが、目の前のこんもりとした木々から、何か違和感が漂ってきた。


『モーリス……ねぇ、甘い匂いがしない?』


 イヤホンの向こうで声が震えていた。

 眉をひそめたモーリスが鼻をすんっと鳴らす。そよぐ風にのって届いた匂いは、赤の森と同じ魔樹ローパーが放つ蜜の香りだった。

 モーリスの脳裏に、サリーの苦しむ顔がよぎった。


「──降りて来い。紅火は上空で待機だ」


 スクリーングラスの地図を詳細画面に切り替えながらそう告げれば、数拍の間をおいて了解と返事が届いた。

 上空に視線を投げると、降下した紅火の背から飛び降りた影が視界に入った。


 ばさりと外套コートが風をはらむ音が響く。

 白雪の上に立ったモーリスの腕の中に飛び込んできたサリーの顔面は蒼白で、堪らずその震える肩を抱きしめた。


「大丈夫か?」

「……清良ちゃんのことを考えたら、無理って言えない」

「ターゲットの確認が取れるまではで切り抜けるしかないが、行けるか?」


 そう尋ねながら、モーリスは腰の革ベルトに固定された鞘から、バタフライナイフにしては大きな黒い柄グリップを抜いた。長さ三十センチ程のそれを左右に開けば、中に収納された茜色の刃が姿を現す。さらに振り上げ、手首を返す動作を繰り返せば、一本の短刀になった。

 彼の接近戦用の愛刀──魔装短刀マギア・ブレイドだ。

 磨かれた刃に浮かぶ波紋は炎がうねるようで、熱を感じさせる空気をまとっている。


「そうね。訓練中ってことになってるし、塀の内側なかで派手にをするわけにはいかないわね」

「無駄撃ちって言うなよ」


 苦笑いながら、一度、刃を収納したモーリスはサリーを前に座らせると、空を見上げた。


「完全に日が落ちる前に、目標確認したいとこだな」

「……塀の中に魔樹がいるのは変よ。この匂いを辿たどりましょう」


 首に巻き付けていたスカーフを口元まで引き上げたサリーは、前方に厳しい眼差しを向けた。

 了解と頷いたモーリスは、白雪の背をそっと叩いて前進を促す。それに反応した白雪は僅かに首を巡らせ、二人の様子を伺った。


「魔樹の匂いを辿る。行くぞ」


 静かに命じれば、白雪は喉の奥で低く唸り、地面を蹴って林に突入した。

 日が差し込む林の中は、黄昏色に染まり赤く燃えているようだ。


 変わり映えのしない黒い影のような幹の間を進んでいくと、風もないのに木々が枝葉を揺らした。

 咄嗟とっさに反応したモーリスは、魔装短刀マギア・ブレイドひるがえした。赤い刃が煌めき、一振りした直後──


「喰いちぎれ!」


 刃から放たれた幾本もの赤い閃光が、しなる触手を切り裂き、残った太い一本に、白雪の鋭い牙が立てられた。

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