5-5 暗号と花言葉

 教官達がそれぞれの持ち場につく為、行動を始めた頃には、飛空艇や装甲獣アルマ・ビースト部隊なども続々と出撃を始めていた。

 サリーとジンと共に教官室を出たモーリスは、切羽づまった声に呼び止められた。振り返ると、そこには顔色の悪い候補生が数名いた。


「どうした、お前たち。しばらく担当はラムソン少尉になる筈だが」

「その知らせは先ほど受け取りました! それで、皆で急ぎ集合したのですが……」


 中で最も年長と思われる青年は言葉を切ると、ごそごそと胸ポケットから折りたたんだ紙を取り出した。

 差し出されたのは手帳の切れ端だ。

 受け取ったモーリスは、即座に中身を確認する。そこに記されているのは数字の羅列だった。


「これは……ケイの文字だな」

「はい。姿がないので探したところ、部屋にそれが残されていました」

「ポリュビオスの暗号かしらね」


 横から覗き込んだサリーがぼそりと言う。

 紙から視線を外したモーリスは、緊張の色を見せる候補生たちに、その紙を預かる旨を伝えた。


「ラムソン少尉に、ケイへの対応はこちらですると伝えるように。お前たちは市街地訓練に集中しろ」


 モーリスの言葉を受け、候補生たちは蜘蛛の子を散らすように慌ただしくその場を去っていった。

 再び紙を開いたモーリスは、脳内に解読表を思い浮かべ、数字をアルファベットに置き換えてみた。

 いくらかの沈黙ののち──


「花束にアネモネはいらない。五十八番通りでカモミールのお茶を」


 横から覗き込んでいたサリーが、数字の羅列を読み上げた。

 それを聞いていたジンが面倒そうな顔をして髪をかき乱す。


「お前んとこのひよっ子は随分詩人だな。さっぱり分からんぞ」

「簡単な花言葉よ。ケイは真面目ね。座学の時に花言葉のことを少し話したの、覚えていたのね」

「──裏切り者はいらない。五十八番通りで助けを待つ、てことだな」

「分かるか、そんなもん」


 モーリスの解に突っ込みを入れるジンに対し、そんなことも分からないのと言い出しそうなサリーの横で、綾乃がモーリスを呼んだ。


「ケイ・シャーリーがいつ外出したか、記録の確認をします。モーリスとジンは弾薬の確保と白雪スノウ黒夜アーテル紅火ルーフス椿カメリアの出動申請をお願いします」

「了解っす。つーか、何、もしかして俺だけ状況分かってない感じか?」

「歩きながら、掻い摘んで話す。その前に、ターゲットと、保護対象者の写真を端末に送る。確認してくれ」


 折りたたんだ紙を内ポケットにしまい込んだモーリスは、情報端末を取り出すと手早く写真を送った。


「思いの外早く、出撃することになりそうですね」


 静かな綾乃の声が、人のざわめきの中で響いた。それに頷いたモーリスは、ちらりとサリーの顔色をうかがう。

 綺麗な顔が少しばかり青ざめているようだったが、彼はきつく口を引き結んで何か思案しているようだった。


 不意に、赤い唇が震えながら「清良ちゃん」と動いた。

 ケイが助けを求めていると言うことは、おそらく、何らかの形で清良が彼に助けを求めたのだろうことは、モーリスも想像をしていた。


「大丈夫だ」


 サリーの肩を叩いたモーリスは、すがるように見上げてきたとび色の瞳をじっと見つめる。

 その言葉に根拠などなかった。それは、サリーもよく分かっているのだろう。だが、この時ばかりはその他愛もない一言を心強く思ったのか、彼はただただ頷いた。


   ***


 穏やかな青空の下、真っ白な大型装甲獣アルマ・ビーストの背の上で、モニターグラスをかけたモーリスは、イヤホンを耳に押し込んで深く息を吐いた。

 片目のモニターにサリーやジンの位置関係が地図と共に表示された。


 短く「出るぞ」と告げれば、白雪が咆哮ほうこうを上げ、土埃を巻き上げて地面を蹴った。

 ややあって、イヤホンから呼びかけるサリーの声が響いた。


『モーリス! 聞こえる?』

「あぁ、聞こえてる。どうした?」

『五十八番通りは西の外れよ。青の森の方から大きく離れるわ』

「そうだな」

『もしもこれが、あたし達を森からの襲撃から引き離すためだとしたら……』

「そうかもしれないな。だから、ジンと少将ちゃんにそっちを頼んだんだろ。それに、青の森にも隊が向かってる」


 何を心配しているんだ言う代わりに、モーリスはいぶかしむ気持ちと眼差しを上空に向けた。

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