4-14 心残りがない人生なんてあるのだろうか
モーリスの後ろ姿を見ていたサリーは「ねぇ」と呼び止めた。
少し上目遣いな表情に、モーリスは甘い花の匂いを思い出し、縋るようなあの顔を重ねる。
(椅子に座ってるから、そう見えるだけだ)
勘違いをするなと、浮つきそうな内なる自分を押し込めていると、サリーはその様子に首を傾げた。
「ケイの様子はどうだったの?」
「──あぁ、あいつの班は順当にスコアを重ねていたな。だいぶ冷静になったようだ」
「良かった! あとは清良ちゃんが勇気を出して打ち明ければ、何かしら進展するわね」
我がことのように喜んだサリーは、口元に笑みを浮かべながら立ち上がった。だが、シンクを前にした彼は何を思ったのか、動きを止めた。
ややあって、空になったアイスのカップがキッチンに置かれ、ことりと小さな音を立てる。
不自然な沈黙に振り返ったモーリスは、シンクの縁を掴んだまま項垂れるサリーの背中を見た。どうしたと問う前に、彼は静かに口を開いた。
「何が一番かなんて分からないけど、若い子が心残りのまま戦場に出るのは、良い気がしないわ」
哀愁が漂う背中と声音は、
「若いとか関係ないだろ」
そっと両手を前に回し、腕の中にサリーを引き寄せる。逃さないように抱き締めて耳元で囁けば、強張っていたその肩から少しだけ力が抜けた。
いつもの調子なら、肘が
「前線に出たら、いつ死ぬか分からないんだ」
「そうね」
「──どうしたんだ? 今日はやけに素直だな」
てっきり「あんたに心残りなんてないでしょ」とでも
長い
「昨日……教官になって初めて受け持った教え子の殉職を知らされたの」
張りの失われた声が静かに告げた。
ややあってモーリスが低く
堪らず彼の肩を強く抱きしめた。
そうでもしないと、海に浚われる砂浜の城のように彼が崩れるように思えた。
押し寄せるさざ波のように、嫌な耳鳴りが響いていた。
「若い子を死地に送らなくていい時代は、来るのかな」
「どうだろうな。
笑ってそう言えば、目を見開いたサリーは肩越しにモーリスを振り返った。
悲しみの色はどこへやら。綺麗な瞳が驚きに見開かれ、その口が僅かに開いている。
「なんだよ、その顔」
「あんたのことだから、俺が撃つって言うかと思った」
「まさか。自分の力量が分からなきゃ、軍人は務まらないだろ。無駄死にするために武器を持つわけじゃない」
柔らかなピンクブロンドの髪を撫でたモーリスは、目を細めて笑った。
「俺達は
その問いに、そうねと短く返したサリーはごそごそと身じろぎ、モーリスに向き直ると彼の背に両手を回した。その肩口に額を擦りつけ、柔らかなシャボンの香りを吸い込むと、甘える様にその胸に額を擦り付けた。
「ありがとう……ちょっとだけ、泣かせて」
「俺以外のヤツの為に流すってのは
「……バカ」
モーリスの体温を感じながら、サリーは声を殺して涙を流した。
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