第8話 お風呂に入ろう

「はぁ〜美味しかったぁ。こんなご飯が毎日食べられるなら、ボクお掃除頑張れる気がする!」

「俺は食材とか生活必需品の買い出し担当でいいだろ? 月一で金預かって、そこからやりくりして買い物して、その月は何にいくら使ったかはきっちり報告するからよ」

「エヴァンス、キモ……」

「あぁ⁉︎」

「まぁまぁまぁ! え、俺は何したらいいかな」

「んー、カイルは湯沸かしと、あと何する? あ、ゴミ燃やす?」

「そうしようかな」

「決まり〜!」

「おい、アイツはどーすんだよ」


 エヴァンスが指差した方を見ると、中庭の木の枝に器用にしがみついて眠るオリバーの姿があった。


「オリバーは家賃を多めにもらうことにしました! 何かできることが分かったら扱い変えるかもだけど」


 俺は中庭に出て、寝ているオリバーに向かって叫んだ。


「ご飯あるけどー! 食べないのー?」

「………………食べる」


 ようやく木から降りてきたオリバーは、用意されたご飯をもぐもぐと食べながら独り言を呟いていた。


「ご飯……果物がなれば……好きな木を生やして……Zzz」

「こら、食いながら寝るな!」


 うとうとしながらも自分の前に置かれた料理はしっかり完食していたので、やっぱりシュルツの料理は美味しいのだなと思った。

 食器を洗ってから、エヴァンスとミュリエラは自分達の部屋に戻った。オリバーもベッドで眠るようで、二階の部屋に消えていく。

 シュルツと俺は二人で浴室を見に行くことにした。


「おおー! 風呂だ! 風呂場だ!」

「へぇ、こういう場所なのか」


 想像していたよりも大きな風呂場だった。

 部屋の隅に設置してある釜戸かまどみたいなところに火を灯しておいて、そこから浴槽に繋がるパイプの途中で連結を切ったり切らなかったりすることで湯温を調節するらしい。


「ちょっとやってみようぜ」


 シュルツは頷くと、浴槽に向かって手を翳した。

 周囲の温度が下がっていくのを肌で感じ、目の前に氷の塊が形成されていくのをマジマジと見つめた。

 すぐに浴槽の中には氷の山が出来ていて、俺はハッと我に返って釜戸みたいなやつに向かった。

 薪とかがなくても火は燃え続けるものなのだろうか。

 俺は手を翳し、実技テストの時の小さな火の玉を思い出して一瞬動きを止めた。


(シュルツ、笑うかな)


 あんなに大きな氷の塊を出せるのだ、俺のしょぼい火の玉を見たらどう思うだろう。

 ちらりとシュルツの方を伺うと、青い瞳と目が合った。


「どうした」

「いや……俺の出す火、ちっちゃいんだよね」

「誰でも初めはそんなもんなんじゃないか? 俺には火は出せないしな」


 あまりにもあっけらかんとそう言うので、俺の小さな悩みはすぐに吹き飛んでしまう。

 もう一度手を前に出し、せっかくなのでそれっぽいことを呟いてみることにした。


「”炎よ、灯れ”」


 釜戸に火が灯ることをイメージしてそう呟くと、手から放たれるのではなく、釜戸の中に直接小さな火が灯った。


「できた」

「今、なんて言ったんだ?」

「ん? あ、前世の時に使ってた言葉で、炎よ灯れって言ってみた。なんか、その方ができる気がして」

「手から出るんじゃなくて、ここに突然火が付いたように見えたな。俺は氷を出したい場所周辺の温度を下げないと氷が出せないんだが……氷と炎じゃ性質が違うか」

「どうなんだろうね。きっとその辺も授業で教えてもらえるよ」

「そうだな」


 釜戸の火は、俺が離れても、目を離しても燃え続けていた。

 けれど、自分から魔素が流れ続けている感覚はあって、それを消してみると火も消えた。

 もう一度火を灯し、しばらくするとそこから伸びたパイプがどんどんと熱くなっていっているのが分かった。

 パイプの周囲に湯気がすごい。


「あのパイプ触ったら死にそう」

「何で壁の中に埋め込むとかしてないんだろうな? あとでミュリエラに言って何か柵みたいなのでも置くか」

「うん。あ、氷溶けてきた」


 じわじわと溶けた氷が浴槽に溜まり、だんだんと湯気が立ち上ってくる。

 指先をちょっとだけお湯につけて温度を確認すると、ちょうどいい湯加減だったので釜戸から繋がる部分をいったん閉じた。

 何もないところで燃え続ける俺の炎から、煙は出なかった。

 釜戸から伸びる煙突に仕事はないかと思ったけど、煙突と浴室の窓のおかげで空気が循環しているみたいだった。


「風呂入るか? これだけ広いと全員でも入れそうだな」

「入る! 二人にも声かけてくる」

「ミュリエラにもか?」

「…………いちおう」


 俺も言いながらちょっと疑問だったけど、お風呂にいつでも入れるってことは言わなきゃだし。

 エヴァンスの部屋に行って風呂のことを伝えると、彼はうきうきして浴室に向かった。


「あ、お風呂沸かしてくれたんだ、ありがと!」

「うん、これからみんなで入るけど、ミュリエラはどうする?」

「みんなで入るの? じゃあボクも行く!」


 意外なことに、ミュリエラも一緒に入るようだった。

 脱衣所に入ると、シュルツとエヴァンスが面白い顔をした。


「お前、入んのかよ」

「背中流し合いっことかしたいじゃん!」

「お、おう……」


 ミュリエラが服を脱ぐのを、さすがに直視はできなかった。

 なんか、いけないものをみているような気がして。


 でも、脱いだ身体は俺とそんなに変わらない。

 ちょっと細いけど、普通の男の子だった。

 普通の男の子の身体の上に、可愛い顔とピンクのツインテールが乗っているのが不思議な気持ちにさせてくる。


 みんなで身体を流して浴槽に入ると、色んなものが解れていく気がした。


「はぁ〜〜〜〜、家に風呂あるのやべぇな」

「でしょ!」

「シュルツは風呂初めてだよな、どう? 俺、風呂嫌いだったけど今は良さが分かるわ」

「悪くない」

「めちゃくちゃ泡立つ石鹸あるから、好きに使ってね! あの黄色い容器の中身はボクの髪の毛のための栄養剤だから使ったら殺す」

「お前の情緒どうなってんだよ」

「ミュリエラの髪がサラサラでツヤツヤなのは栄養剤のおかげなんだな」

「うん、めちゃくちゃ気を使ってるんだから」

「分かるよ、綺麗だもん」

「……カイル、ほんとキミって何なの? 天然?」

「天然だ。ずっとこうだった」

「さてはシュルツもやられた口だね? うんうん、シュルツにも栄養剤使わせてあげちゃおうかな」

「えっ! シュルツの髪にもいいのか⁉︎ ますます綺麗になっちゃうな、お前の髪」

「これだ」

「それか」


 楽しいお風呂の時間は、あっという間に過ぎていくのだった。



 

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