第31話:警告

「貴方」

 少女がじっと焔の顔を見る。

「ここで何をしてるの? 答えなさい」

 焔は何も言わず。少女をじっと見ていた。

 多分由衣とそれほど変わらない年齢だろう。同学年だろうか? すらりとした長身に、栗色の髪をポニーテールに結い上げた少女だ。黒目の部分が小さい、所謂三白眼という目つきの少女だ。小さい顔にすらりとした長身、その顔立ちは美しいが、何だか蛇の様な印象を与える。


「お前、誰だ?」

 焔は問いかける。

 その問いかけに少女の表情がさらに険しくなる。

「質問しているのはこっちよ。貴方は誰で、ここで何をしてるの?」

 少女の問いかけに、焔は軽く息を吐く。

「そう怒るなよ、ほら」

 スーツの懐に手を突っ込み、黒い手帳を取り出す。

 警察手帳だ。もちろん本物ではない。以前にテレビ局に現れた妖怪退治の依頼を受けた際にくすねて来た撮影用の小道具だ。大抵の人間は本物の警察手帳なんか見たことが無いから、これで十分に誤魔化せる。

「……警察?」

 少女はじっと手帳を見る。焔は頷いて、そっと手帳をポケットに戻す。

「そういう事だ、ちょっとある事件の捜査でね、内容は捜査上の機密で話せないけどな」

 焔はそう言って肩を竦める。

「そんなわけで、俺は不審者じゃない、解ったのならもう良いだろ?」

 そのまま少女の側を歩き去ろうとする。だが少女は小走りに走って焔の正面に回り込み、相変わらずの怒った顔で覗き込んで来る。

「本当に警察官なの?」

「そうだよ」

 焔は言うが。少女はまだ険しい目つきだった。

 煙草を口から離し、ふうう、と紫煙を吐き出す。

「……っ」

 少女はばっ、と身体を横に捻って煙草の煙を避けた。

「例え警察でも、公共の場での喫煙は如何なものかしら?」

 少女が言う。

「……路上喫煙禁止って書いて無いだろ?」

 焔は周囲を示す。

「常識よ、ここには未成年も多いし、ついでに言えば女子が多いしね」

 少女は言う。

 焔は軽く息を吐く。

 そのままポケットから携帯灰皿を取り出して煙草を突っ込んで消す。

「これで満足か? お嬢ちゃん」

 面倒そうに言う焔に、少女はふん、と鼻を鳴らした。

「まあ良いわ」

 少女はまだ焔の顔を睨み付けていたけれど、やがてゆっくりと焔から離れる。

「変質者扱いされたくなかったら、あまりウロウロしない事ね」

 少女はくるりと踵を返す。

「警告はしたから、それじゃあ捜査頑張って下さい」

 振り返り様に言い、少女はゆっくりと校内へと歩いて行く。

「……変質者とは失礼な」

 焔は息を吐く。そのまま懐から煙草の箱を取り出し、もう一本取り出して口にくわえて火を点ける。

 ふうう、と。

 再び紫煙を吐き出す。

 じっと校舎を見る。

「……この学校」

 焔は小さく呟く。

「何かあるな」

 焔は言いながら校舎をもう一度見る。

 はっきりと感じられる。

 妖怪達が発する独特の『気』。

 『妖気』。

 つまりは校内に……妖怪がいるという事だ。


 数時間後。

 キーンコーンカーンコーン……と。

 五月蠅いチャイムの音が響く中、生徒達が次々と出て来る。

 朝と同じく学生証を校門の横のカードリーダーに翳す生徒達。それに合わせて門が開いて行く。このシステムがある限り、校内に入る事は出来無いだろう。

 焔は壁により掛かり、ぼんやりと生徒達を見る。

 自分を見て、生徒達が何事か囁いていたけれど、焔は特に何も感じ無かった。どうせ色々と聞かれたら、あの朝の少女のように警察手帳を見せれば良い。

 焔は思いながら、また再び煙草を吹かした。


「……お待たせしました」

 声がする。

 由衣が、相変わらずの不機嫌な表情で立っていた。

「どうも」

 焔は肩を竦め、面倒そうに言って歩き出す。

 由衣も、聞こえよがしのため息と共に焔の後に続いた。

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