第47話 冒険者にまともさを求めるのは間違っているだろうか

==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・冒険者ギルド支部==



冒険者ギルドからは四名同行し、それぞれのパーティの補佐をしてくれるらしい。僕らのパーティにはいつものお姉さんがついてくれるようでまずは一安心だ。



「改めて自己紹介を、私はリディア・スウェルと申します。皆さん顔馴染みですので私も嬉しい限りです」


「こちらも一応、俺はヴァリアン・ロー。今回は対キマイラ用に槍を新調してきた。前回と同じてつは踏まないよう精一杯やるつもりだ、よろしく頼む!」



ーー言われてみるとローさんの持っている槍が変わってる。金ピカでめちゃくちゃかっこいい! あとで触らせてもらおう!



「次は私ね、ニスカ・モニークよ。私も色々と準備はしてきたわ、けどキマイラはニアくんとメリーにお任せかなー」


「うん任せて。私はメリー・ロゼット、ニアも一緒に飛べるようになったから次はキマイラも楽勝」



少し自信なさげなニスカさんに対してどこまでも自信満々なメリー。相変わらず顔は眠たそうだけど、腰に手を当てて威張っている。可愛い。



「じゃあ改めて、俺はウェルグ・ドーベルです。ニアに追い越されちまったから死に物狂いで装備を整えて来たぜ……! すぐ追いつくから待ってろよ!」


「はい! ニア・グレイスです! また皆さんと冒険出来るのが今から楽しみです! 足を引っ張らないように頑張ります!」


「アルフレッド・スティンガーだ。よろしく頼む」



アルフさんもまた相変わらずの高慢な立ち振る舞いだ。彼とも今回のダンジョン攻略で少しは仲良くなれるだろうか。

改めて全員の自己紹介が終わり、受付嬢のリディアさんが続ける。



「では今回の目標についてお話し致します。第一目標は約三ヶ月前の遠征で針林ダンジョンの大穴に落としてきた装備の回収です。他にも目ぼしいものがあれば回収または、そちらについては交渉次第では皆さんにお持ち帰り頂けます」



ーーなるほど、途中で拾ったものは自分のものにすることも出来るのか。


ダンジョンの魔力は奥に行けば行くほど強くなる。つまり最深部に落ちている武器や防具は強力な魔導具となっているに違いないーーーーその分出て来るモンスターもまた強くなる訳だが。



「続いて第二目標はキマイラの分布調査になります。皆さん知っての通り先日針林ダンジョンの八合目付近にてキマイラが目撃されました。神話級の超大型モンスターが通常大穴から出て来ることはありません。そのため今回の遠征に伴い調査を行います」



ーー僕達が戦ったキマイラのことだ。あんなのがもし街の近くまで来たらと思うとゾッとする。



「……と言っても皆さんにお願いしたいのはモンスターから我々を守って頂くという一点のみです。想定される遠征期間は早くて三日、長くても一週間を目安に帰還します。報酬はかかった日数により決定、時間計画の詳細は追って伝達いたします」



ーー結構な長丁場ながちょうばになるんだなぁ。みんな慣れっこなんだろうか。



「メリーはこれまで遠征に参加したことある?」


「ない、このパーティで大穴の近くまでいったくらい。すぐ帰って来た」


「俺達はBランク冒険者になってまだ日が浅いからな、遠征に参加するのも大穴を降りるのも今回が初めてなんだ。その場で急ごしらえしたパーティで参加する方法もあるにはあるが危険過ぎる」



ローさんの説明を聞いて僕は周りを見渡す。

フロウパーティは固定パーティと思われる五人組、しかしあとの二つはどう見ても急造パーティにしか見えない。先が思いやられる。


その内、リップと名乗った少女はギルド職員の話そっちのけでこちらを見ていて、目が合った途端に手を振り始めた。本当に先が思いやられる。

リディアさんからの説明も一通り終わったところで、僕はその少女リップの元へ向かった。


ーー僕に会いに来たと言っていた理由、それを聞くまではなんだか安心出来ない。敵意があるようには見えなかったけど。



「あの、こんにちは」



僕は意を決して彼らのパーティに声をかける。

すると真っ先に反応したのはやはりリップだった。



「えーナンパですかー? 困りますぅー、でもしょうがないよねアタシ可愛いもんねー」


「いや……えっと」


「あのさ、冗談はその牛みたいな乳だけにしときなよ」



彼女の後ろに控えていた白髪はくはつの少年がリップの胸を小突いて言う。彼は恐らくバロンくんよりも幼い、まだダンジョンに出るには早過ぎるように見えるけれど。



「いったー! おっぱいって叩かれると結構痛いんだよ! まぁお子ちゃまなツーくんには分かんないよねー、まだ十ちゃいだもんねー。でもこれは立派なセクハラ案件としてヴァーリ様に報告しておきます!」


「君は父さんと話したいだけでしょ、いい加減うちの父親寝取ろうとするのやめてくれない?」



確か名前はツァーリ・エルマン、自信に満ち溢れていて不思議な雰囲気をまとった少年だ。本当にFランク冒険者の実力ならこんな態度ではいられないだろう。僕もCランクになったことだし、少しは自信をつけなきゃな。



「ニアくん、すまないね。うちは問題児だらけで彼らはこれでもまともな方なんだ」



状況を見かねたセイさんが笑いながら僕に語る。これでまともな方ーーーーとは言えるわけもなく。



「は……はぁ」


「彼らの実力については心配しなくていいよ。それで何か聞きたいことでも?」


「あの……えっと、さっき僕に会いに来たって言ってましたけど」


「あーそうだよね、気になっちゃうよね。でも申し訳ない、さっきのは忘れてもらうわけにはいかないかな? 上にバレたら怒られるの僕なんだよね」



人の良さそうな笑顔でセイさんは意外で意味不明な要求を押し付けて来る。その表情は冗談を言っているわけでもなく、僕に敵意をもって何かを隠そうとしているようにも見えない。



「は……はぁ」



僕は彼にそれ以上突っ込むことも出来ず、情けない返事をして場をやり過ごす。


ーーこの人もこの人で少し変わってるなぁ。天然というか何というか、独自の世界を持ってる人だ。



「ニアくんニアくん、風の戦乙女ワルキューレちゃんとはどこまでいってるのー? アタシ気になります!」


「どこまで……って」


「もうキスはした? もしかしてもうあんなことやこんなことまで……?」


「いい加減にしなよ牛乳うしちち女」


「リップ……あとで怒られるの僕なんだからね」


「えー! でも……あの子もターゲットなんでしょ? その辺はちゃんと聞いておかないとー!」



セイさんは再び大きくため息をつく。

僕は思う、冒険者ってこんな一癖ある人ばかりなんだろうかと。




==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・露店街==



顔合わせを終えて、僕とメリーは露店街まで来ていた。

彼女との約束通り昨日のデートの続きをするためだ。



「ニアは何食べたい?」


「僕は何でもいいよ」


「何でもいいが一番困る」



手を後ろに組んで前屈みになって僕の顔を覗くメリー。

少し頬が赤らんでいるのが贔屓目ひいきめに見ても分かる。可愛い。



「そうだね……ちょっと疲れたからスタミナがつくものがいいかな」


「じゃあお肉? さかな?」


「鶏肉を使っているところで美味しいお店はあるかな?」


「任せて」



メリーに手を引っ張られた僕はされるがままに露店街の一角へ連れて行かれた。

彼女は昨日から通称“あーん”にハマったようで、店に着き料理が出てからというものの一口ごとに僕に餌付けをし続ける。



「ニアこっちも美味しいよ」


「ああ」



満足そうなメリーの顔を見ているだけでも心地よい空間ではあったけど、これはもちろん僕の本意ではない。



「ニア……つまらない?」


「いや、そんなことは……」



僕が抱く気まずさを察してか、メリーがさびしそうに呟く。

気持ちを全面に出してしまうのは彼女への信頼の証でもあったが、それで心配にさせてしまっては本末転倒だーーーーなんとかしなくては。



「違うよ、実はソフィアさん……ギルド長からハルさんの話を聞いたんだ」



僕はメリーに隠し事をしたくない気持ちから全てを彼女に話す。珍しく目を見開いたメリーが少しずつ元気を失くしていく。



「そっか……おばばが」


「僕はメリーとこれからも笑って一緒にいたいから嘘をつきたくない」


「うん」



そのあともメリーはずっと上の空で何かを思い出しているようだった。悲しいことを思い出せてしまったかもしれないーーーーけど、このままじゃいけないと思ったんだ。

そこから会話はなかった。繋ぐ手の力が時々強くなって、僕も返した。それでもメリーは僕の方を見なかった。


ブレイザー公爵邸に着く直前までしばらく会話もないまま僕らは歩き続けた。僕も彼女になんて言葉をかければいいのか分からなかった。


そんな時、メリーの歩みが止まって手が引かれる。



「ニアはこのままアノンと結婚するの?」



彼女の問いかけに対して僕は気の利いた答えも見つからず、心からの思いを吐き出す。



「僕はメリーとこの先もずっと一緒にいられたらいいなと思ってる。けどアノンのことも放っておけないんだ……」


「うん」



メリーはそう言ったきり何も話さなかった。

その時メリーが僕の手を握った力、それがこの後に起こる全てを物語っていたのかもしれない。

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