針林ダンジョン Ⅱ

第43話 修練は朝食の後で

==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・ブレイザー公爵邸・寝室==



またあの夢を見た。


<<時は来た……針の森、その最深部で過酷な試練と新たな力が其方を待つ>>


昨日聞いた言葉と同じ、針の森の最深部。つまり針林ダンジョンの最奥さいおうだ。聞けばそこには大穴があり竪穴洞窟たてあなどうくつのダンジョンが続いているらしい。


ーー過酷な試練と新たな力。そうだ、僕には力が必要だ。


柔らかな光と温もりに包まれながらゆっくり目を開ければ、まだ腕の中で眠っているメリーがいた。

意識すればまた少し顔が熱くなるが、起こすのも悪いのでとりあえずこのまま。決してやましい気持ちがある訳では断じてない。


ーーアノンとメリー、両方を支えてあげられる存在となるために今僕が出来るのは冒険者ランクを上げること。


つまりもっと強くならなければならない、“新たな力”が要る。

加えてこれからは例の“真聖女教団”を始め、やむを得ず対人戦闘を行う機会も増えるだろう。


ーー冒険者ギルドへは午後向かうとして、今日も午前中は修練にあてるか。



「むぅ……おはよう、ニア」



そんなことを考えているうちにメリーが目を覚ます。

彼女は僕の存在を確かめるように寝ぼけたままぎゅっと抱きつく。



「おはよう、メリー」



僕は彼女の髪を優しくとかしながら紳士的に頭を撫でる。

内心では色んなところが反応しないように、魔法の詠唱やら子供の頃聞いた童話やらを念仏がごとく唱え続けていたが、そんなことをメリーは知るよしもない。

あと、もう一つだけ気になっていたのは夢現ゆめうつつで聞いた彼女の寝言。


ーー多分、あれは夢じゃないよなぁ。ハルって人の名前だよなぁ。男かなぁ……男だったら嫌だなぁ。メリーは十六歳って言ってたし、可愛いし、そりゃ好きな男とか……そういう人の一人や二人今までに居てもおかしくないよなぁ。


勝手な妄想をして少しだけ落ち込むとともに、僕は今メリーが好きなのだということを今一度実感する。



「メリー」


「ん?」



恥ずかしいけれど彼女への気持ちを込めて名前を呼んでみた。

しかし、そんな想いもまたメリーは知る由もない。



「今日は午前中修行して、午後になったら冒険者ギルドへ行こうと思うんだけどどうかな?」


「うん、いいと思う」



僕にぴったり抱きついたままメリーは答える。

彼女の息遣いが僕の首筋と心を刺激して、何ともこそばゆい。


まだもう少し離れたくない気持ちを我慢して、僕達が部屋を出ようとするとーーーータイミングを見計らったようにアノンが外から扉を開ける。



「お二人とも、朝食が出来ておりますよ」


「もしかして……覗いてた?」


「さぁどうでしょう?」



悪戯いたずらっぽく微笑む彼女の後ろでメイドが気まずそうに一礼。こーれは完全に除かれていたやつだ。まぁ変なことしてないから大丈夫大丈夫。



「明日はわたくしもご一緒させてくださいね!」


「あはは……はは」



本当に僕はこの状況で何日間生き抜くことが出来るのだろう。

朝食後に続く。





==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・ブレイザー公爵邸==



朝食を済ませた僕とメリーは公爵家の中庭を一角いっかくお借りしてそれぞれ修練に励む。

しばらくして、そこへブレイザー家を守護する衛兵達も加わりさながら模擬演習といった様相だ。



「風、お願い」



とはいえ、メリーが本気を出せば相手になるような衛兵はおらず一方的にボコボコにされていた。さながら蹂躙じゅうりんと言った様相の間違いかもしれない。そこへーーーー



「メメ……メリーさん! 俺とも一本手合わせお願いします!」



現れたのは第二公女の息子、バロン・ブレイザーだ。

彼は小さな身体に立派な金の鎧をまとい、勇敢にもメリーとの模擬戦を申し入れる。



「いいよ」


「では胸をお借りします!」



待ち構えるメリーに対して、バロンは真正面から切り掛かった。その速さは僕と同等かそれ以上、彼は魔法使いではなく近接戦闘が得意なタイプなのだろう。

体格は五分ごぶ五分ごぶ。恐らくメリーも手加減しているとは言え、彼もただのお坊ちゃんではないということが見てとれる。

一見すれば一方的にバロン少年が押しているようにも見えるだろうが、実際は攻撃が全ていなされており疲れとダメージが蓄積しているのは彼の方だ。



「型は綺麗、でも理想と実際の腕力が伴ってない」


「ま……まだまだぁー!」



最後は肩で息をする少年の剣をメリーが払い飛ばして決着がついた。ひざまずくバロンに手を差し伸べるメリー。流石は僕の師匠、めちゃくちゃかっこいい。

一方の僕はといえばーーーー



土壁つちかべ!」



新たな魔法の修得にいそしんでいた。

魔法の修得方法に興味津々なアノンも僕のかたわらで日傘を差して見学している。僕が魔法を発動する度に拍手してくれるのが嬉しくも気恥ずかしい。



「えっと……絵面が凄く地味なんだけど、見てて楽しい?」


「ええ、こんなに間近で魔法をみるのは初めてでございます!」


「そっか」


「それに私はニア様の側にいるだけで幸せですから」



彼女があまりにも恥ずかしげもなく言うので、こっちが余計に顔を赤らめることになる。悔しい、けどもちろん嫌じゃない。


そんな僕は今、基礎魔法を一通り復習がてら詠唱し終えたところだ。

初級魔法のさらにいしずえとなる【創水そうすい】、【加熱かねつ】、【冷却れいきゃく】、【磁場じば】、【土壁つちかべ】、【開花かいか】。


この六種の基礎魔法はどれだけ上手くやれても学園アカデミーの教室ではやされる程度だが、その中でも“土壁”だけは使い方次第で恐らく戦闘でも役に立つと僕は見ている。


ーーもう何度か練習しておこう。


とはいえ今日の本題は、初級魔法の修得だ。

火球を発する【炎撃】と【雷撃】の魔法は良いとして、一般的な初級魔法はあと四種。魔法陣から草のつるを伸ばす【草撃そうげき】、石のつぶてを飛ばす【岩撃がんげき】、突風を巻き起こす【風撃ふうげき】、氷の矢を放つ【氷撃ひょうげき】。


次のダンジョン攻略までにはこれらをマスターしておきたいところ。

中でも僕は最優先で“草撃魔法”の修得を目指した。ガルボ達やあの黒フードの男との戦闘を経て、僕の課題はしっかり把握している。


ーー草撃で動きを止めて獄雷撃で敵を討つ。


単純だが強力な作戦だ。草撃それ自体も対人戦闘では役に立つだろう。

まずは丁寧に魔法のイメージを頭に叩き込んで、違和感のあるところを一つずつ解消していく。そして詠唱と頭の中のイメージを重ね合わせて試しの一発。



「【種子】ーー【養分】ーー【成長】ーー【激化】ーー英明なる自然の神よ、ここに草の一撃をもたらせ【草撃】」



緑色の魔法陣が生成され、そこから一本のつたが伸びる。

五メートルほどの射程で強度も十分、取り付く先が無いつたは鞭のように暴れ狂っていた。

なんだか今までの努力はなんだったんだろうと思ってしまうほどあっさり詠唱は成功してしまう。これも聖女様の力なのだろうか。


ーーいいや、きっと今までの努力があったからこそ修得できたんだ。きっとそうに違いない……! この魔法があればメリーからも次こそ一本取れるかもしれないなぁ。期待に胸が膨らむ。



「ニア、一本付き合って」



噂をすれば、バロンと衛兵達を何度となくコテンパンにのしたメリーがこちらに歩み寄ってくる。一糸乱れぬ姿とまではいかないものの、息切れをしている様子もなくいつもの眠たそうな顔だ。何度も言うが可愛い。



「ニア様、頑張ってください!」



アノンの声援を受けて僕は満を辞してメリーと対峙する。

衛兵達とバロン少年の目線もあって何だか変に緊張してしまうが、ここはアノンのためにもかっこ悪いところを見せる訳にはいかない。


ーー少しは頼れる男だと言うことを証明しないと!



「今回は面白いものを見せる」


「いいね、僕にも秘策があるよ!」


「楽しみ」



スタートの合図をアノンが切って、僕はメリーの突進にも耐え得るよう大勢を低くして待ち構えた。

するとーーーー



「風、お願い」



彼女は風の力を自分への追い風ではなく、僕のさらに背後から“向かい風”として行使。前方からの強風に備えていた僕はまんまと足を取られて吸い寄せられる。

大見得おおみえを切った手前、これであっさりとやられるわけにもいかない。



「土壁!」



僕はとっさに障害物を作り難を逃れる。

とはいえ風の勢いは凄まじく、壁に叩きつけられたまま動けずにいればメリーは既に上空からこちらを見下ろしていた。

そこへすかさずーーーー



「草撃!」



僕は草のつるでメリーを捕まえにかかる。

足を取られた彼女は多少バランスを崩すも、すぐに蔓を切り捨てて体勢を整えたーーーーが、その隙を狙って僕は既に土壁を足場として跳び上がりメリーに突撃していた。


ーーメリーが二人分のバランスをとりながら飛行出来ないことは折り込み済みだ! 地に足がついたところを草撃で絡め取る!


僕が必死でしがみつけば高度が下がるーーーーかと思いきや不敵に笑うメリー。彼女は両手をふさがれたまま風を器用に操って、なんと高度をさらに上げた。



「嘘っ……!」


「ニアの身体は隅々すみずみまでリサーチ済み」



ーーま……まさか僕の寝ている間にあんなことやそんなことが?


というわけではきっとないだろう。彼女の天性の才能が、若干二回目にして“僕の体重や体つきに合わせる”という荒技を可能にしたのだ。

僕は微笑む彼女にただただ抱きついていることしかできずそのまま空の旅へといざなわれた。


ーー無理無理無理! 死ぬ死ぬ死ぬー!


僕は渾身の力でメリーにしがみついていたが、彼女は以前として余裕の表情。両者剣を振るような余裕もないまま、街が一望いちぼう出来る高さまで辿たどり着いた。



「ニア、暴れると落ちる」


「そんな落ち着いていられないってー!」


「ふふ」



街と陽光を背に微笑む彼女はまるで天使のようで、つい恐ろしさを忘れて見惚みとれてしまう。そして混乱していたのもあってか、そのまま思っていた言葉は口から漏れ出ていた。



「綺麗だ……」


「え?」


「えっと……その、いや……うん。今のメリーが…………まるで天使みたいに…………綺麗だったから、つい」



少し顔を赤らめて目を背けるメリー。

それからまた口角を上げて、今度は小悪魔のように目を細めて僕を見つめる。



「今私は両手がふさがってる、無防備。ニアに何をされてもふせげない」



その言葉に思わず彼女の口元を見る。

小さな顔、雪のような白肌、薄い唇、背景は街を一望する上空、僕は身も心も彼女に委ねてこう言った。



「はい……僕の負けです」


「今回は引き分け」



そう言った彼女は、逆光でも分かるくらい赤面せきめんしていたのだった。

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