第41話 突撃、ブレイザー公爵家の晩ご飯!
==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・ブレイザー公爵邸・大食堂==
これでも僕は追放されるまでの十年間、首都ヴァルハラの皇帝城で皇子として育てられた。
それなりの教養と立ち振る舞いを学び、社交会に参列したことだってある。
ーーだけど、これほど緊張したことは今まで無い。
ブレイザー公爵邸の大食堂で、僕はアノンとメリーに挟まれる形で席に着いていた。
長テーブルは花瓶と燭台(しょくだい)で彩られ、既に豪勢な食事が用意されている。ゴクリと息を飲んだ僕ーーーーその無防備な脇腹をアノンが突然ツンツンとつついて言った。
「大丈夫ですよニア様、お父様もお母様もお優しい方ですから」
「あ……ああ」
僕の心を見透かしたように彼女は微笑む。
無意識のうちに膝の上で作っていた拳を緩めて深呼吸を一つ。
さっきまで感じていた空腹感は既に無いーーーーと言うのも、僕はこれから“四年間無下にし続けた家”の主人と顔を合わせる事になるのだ。
公爵ガロン・ブレイザー。
現皇帝の従兄弟(いとこ)にあたる人物で、僕にとっても遠縁の親戚だ。
僕は追放される前に一度、追放されてから一度の合計二回しか顔を合わせたことがない。
ーーもうどんな顔だったかも覚えていないし、何を言われるか気が気じゃないんだけれども。
流石のメリーも今は珍しく緊張しているようで、落ち着きなく頻(しき)りに辺りを見回している。
漂う緊張感、そこへーーーーまたしてもメリーの食いしん坊なお腹が鳴き声を上げた。
「ニアお腹空いた、まだ食べちゃダメ?」
「もう少しだけ我慢……!」
「むぅ……」
何故だか小声で話してしまうほど荘厳で静謐(せいひつ)な空間、お腹の音もよく響く。
ーーだけど、メリーのおかげで少しだけ緊張が和(やわ)らいだ……気がする。そこには感謝しておこう。
そうこうしているうちに大食堂の扉が開く。
そこへ現れたのはブレイザー夫妻ーーーーではなく、僕よりも歳下であろう小さな少年だった。
「本当に|風の戦乙女(ワルキューレ)様だ!」
メイド達を突っぱねて勢いよく大食堂へ入ってきた少年は一目散(いちもくさん)にメリーの元へ駆け寄る。
「俺はバロン・ブレイザーっていいます! 俺、以前あなたに助けられて冒険者を始めたんです! 今はまだDランクですがいずれAランクになってみせます! その時は俺とパーティを組んでくださいっ!」
とてつもない早口で言い切った少年、その顔はアノンに似て美しく整っている。激しい語気と栗毛をツンツンに逆立てた髪形からも内に秘めた情熱が伝わってきた。
対するメリーは無言、真顔、無反応。相反する二人の様子に見ているこっちが困惑してしまうほどだ。そんな状況を見かねたアノンが灸を据(す)える。
「こーらバロン、突然失礼でございましょう。すみませんメリー、彼は私の甥(おい)。第二公女マノン様とお婿(むこ)様のご子息でございます。生憎とお二人は外出中ですが」
「うん、私はメリー。パーティはニアがよければ」
「ニア……ヴァルトール…………」
頬を赤く染め憧(あこが)れを瞳(ひとみ)に込めていた少年バロン・ブレイザーは一変、僕に対して憎悪(ぞうお)に満ちた目を向ける。
当然と言えば当然だ、僕がこれまでしてきたことを思えば。
「アノン姉様の想いを散々コケにしておいて、今さら何のようだ……! しかも、メメメ……メリーさんとパーティを組んでるなんて、俺はお前を認めないぞ!」
「こら、バロン。そこまでに……」
アノンがそこまで言いかけたところで、大食堂の扉が再び開く。入室した複数のメイド達は整列して道を作った。
「皆様、大変お待たせ致しました。旦那様と奥様がお見えです」
こちらへ声をかけ、頭を下げるメイドの背後から“車椅子に乗った男性”とそれを押す美しい女性が姿を見せた。
それとともに、閑散(かんさん)としていた大食堂に女性の明るい声が響き渡る。
「お待たせしちゃってごめんなさいねー! ニア皇子、|風の戦乙女(ワルキューレ)さん、いらっしゃい」
「おお! ニア皇子! よくぞ来た! ようやく俺の息子になる決心がついたか! がっはっはっは…………ごほっ……ごほっ…………ふぅ、これで思い残す事なく逝(い)けるわい」
「お父様、縁起でもないことを」
四年振りに見るガロン公爵は驚くほど衰弱(すいじゃく)していた。
ーーそうだ。公爵は背が高くてガタイが良くて、とにかく豪快な物言いをする人だった。
その性分こそ変わっていないが、外見(がいけん)には見る影もない。被害妄想ならぬ加害妄想かもしれないけれど、僕も多少の罪悪感を覚える。
「暗い顔をするなニア皇子、いい男が台無しだ! この際過去は水に流そう!」
「僕はもう皇子では……」
「そうだな! お前はもう俺達の息子だ、ニア! 自分の家だと思ってくつろぐがよい!」
にこやかに微笑むガロン公爵もまた、嘘の無い透き通った瞳でこちらを見る。
僕はどんな顔をしたら良いか分からなくて、苦笑いでその場をやり過ごす。同じく複雑な表情のアノンが僕の服の裾を掴んでいた。
「それから|風の戦乙女(ワルキューレ)殿、此度(こたび)は街の平和に一役買ってくれたと聞いたぞ。ブリスブルクを代表して礼を言う」
「うん、ニアとクレンも頑張った」
「ほう……ニアは本当に冒険者となっていたのか! すると聖女様の力を多少なりとも扱えるようになったのだろうか?」
「正直に申し上げて、まだ分からないんです……あれが聖女の力なのかどうか」
「そうかそうか、してニアよ……」
「旦那様、まずは我々も席に着きませんか?」
「そうだなレイア、すまんすまん」
車椅子を押す女性はアノンの母、レイア・ブレイザーだ。
下級貴族ながら、その美しさから公爵の後妻として迎え入れられたらしい。老齢のガロン公爵と並び立てば娘と言われても何ら違和感がない。流石このアノン公女を産んだ女性だ。
ーーけれどどうして公爵妃自ら車椅子を押しているのだろう?
そんな疑問が僕の顔にでも書いてあったのか、目が合うと彼女は顔を綻(ほころ)ばせて言った。
「私(わたくし)がこうしたいからこうしているのですよ」
アノンといい、この親子はきっと人の心が読めるのだ。そうに違いない。そして全員が着席したところで主人のガロンが軽く咳払いをしてから音頭を取る。
「皆(みな)の衆(しゅう)、当家では家族揃って晩ご飯が原則だ。残念ながら今日は娘夫婦は外出中だが、心はいつも共にある。長女のカノンも首都ヴァルハラで、三女のシノンはモーヒル家で役目を果たしている。そして、めでたいことに今日はアノンの婚約であるニアと若き冒険者の|風の戦乙女(ワルキューレ)殿も参られた。バロンも冒険者を始めて……」
「旦那様、そろそろ始めませんか?」
「ああ……そうだなレイア、すまんすまん。つい話し始めると長くなってしまうものでな。そうだ、長くなると言えば……」
「旦那様!」
「すまんすまん、今日は無礼講だ。心ゆくまで会話と食事を楽しんでいきたまえ!」
公爵の長話を手慣れた様子で短く畳むレイア公爵妃。
その間にも何度かお腹の虫を鳴らしていたメリーが目当ての料理に飛びつく。
今朝、料理を作ってくれたメリーと比べれば、随分(ずいぶん)と幼児退行が進んでいるように感じるのは気のせいだろうか。よっぽどお腹が空いていたのか、無意識な甘え上手なのか。いずれにせよ、可愛いからオーケーだ。
「ニア様、あーん」
メリーをしばらく見つめていた僕の元へ、反対側から一味(ひとあじ)違った誘惑が迫る。声の主はもちろんアノンだ。
彼女は銀の匙(さじ)に乗せた食事を僕の口元へ運ぶと、悪戯な笑みを浮かべて挑発。
不意をつかれた一手に僕がたじろいでいると、それを見たメリーもすかさず追撃をかけた。
「ニアはこっちの方が好き」
両側から凄まじい攻撃を浴(あ)びて、満身創痍の僕。
大笑いする公爵と煽るような目付きでこちらを眺める公爵妃。
その様子をテーブルの向こう側のバロン少年が鋭い形相で睨みつけるのだった。
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