第40話 聖女の子と戦乙女と公女様のお茶会
==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・ブレイザー公爵邸・客間==
これまでアノン公女が皇帝別宅を訪ねて来ることはあっても、僕の方からここに来たことは思えば一度もなかった。
ブリスブルク領主であるブレイザー公爵家、その大豪邸に。
「というとお二人はダンジョンで出会いを果たしたのですね」
「そう、一目惚れだった」
「分かります……!」
「そのあと助けに来てくれて王子様みたいだって思った」
「キャー! 素敵!」
「そしたら本当に第一皇子だった」
「びっくりですね!」
今僕の目の前では、メリーとアノン公女によるお茶会が開催されている。
香り高い湯気を
何の抵抗もなく楽しげに話す二人に
「ニア様、ご気分はまだ優れませんか?」
「ニア、つまらない?」
「そういうわけじゃないんだけど…………ね」
僕にとってはあまりにも混沌とした状況だ。
長テーブルを挟んで楽しげに会話する二人のうち、一人は元婚約者の公女、一人は寝食を共にした少女。
ーーいったい僕はどんな顔をして話せばいいと言うのだろう。
「も……もしかして二人は以前にも交流があったの?」
「いえ、もちろんお名前は存じ上げていましたが、こうしてお話しさせて頂くのは今日が初めてでございます」
「そう、初対面」
「まじか」
「まじ」
「まじでございます」
いよいよもってメリーはコミュニケーションモンスターなのだと理解する。
この場合に関して言えば、相手のアノン公女もまた人付き合いのプロなのであった。
「僕が言っていいことか分からないけれど、その……二人は気が合うんだね」
「当然でございましょう……同じ男性を好きになった者同士。気が合うに決まっているではありませんか」
「アノン、優しくて綺麗。嫌いじゃない」
手を取り合って笑い合う二人。
裏表のない彼女達だからこそ、本心なのが分かるからこそ恐ろしいーーーーこのままでは僕は本当に二人を
ーーもう皇子でもなんでもないのにそれはまずいと僕の心の中の地母神も告げている……気がする。
ツッコミ不在の中で僕の倫理観が少しずつ削り取られてゆく。
ここにクレンさんもいてくれたらと思わずにはいられない。
しかしながら彼女は公爵家への招待を受けるやいなや帰ってしまったのだ。
『
みたいなことを言っていたから、あの人もどこかの貴族なのかもしれない。あるいは流石Aランク冒険者といったところだろうか。
この街でこれからも冒険者をしていくなら、他の冒険者や貴族のことも知っておかないといけないな。
「アノン公女……」
彼女は頬をふくらませて
「アノンさん………………アノン」
「はい! なんでしょうニア様!」
ここに来るまでの間にかれこれ五回は同様のやり取りをした。
メリーのことは呼び捨てなのにズルいということらしい。
ーー今の僕の身分はただの一般人だから、出来れば呼び捨てはご勘弁願いたいんだけどなぁ。
「この街のことで色々と聞いておきたいことがあって」
「はい!
「そしたらまず、ブリスブルクの冒険者や有力貴族の話が聞きたい。僕は知っての通りずっと屋敷に閉じこもっていたから……」
「ええ、お安い御用です! ブリスブルクが誇るAランク冒険者は“三人”。
「クレン……バーグ……アジェンダ……」
メリーもアノンの話を興味深そうに耳を傾け、彼らの名前を復唱しながら指折り数えている。可愛い。
「お三方とも謎多き人物ですが、特にアジェンダ様は
ーーAランク冒険者は三人か、その内二人と遭遇するなんて今日は凄い一日だなぁ。
「彼ら三人とBランク冒険者約二十名、加えて五十名以上を誇るCランク冒険者達の高い武力から、冒険者ギルドは当家に次ぐ権力を持っています。ブリスブルクは元々が田舎町ですから、貴族自体その数も多くありません」
「ニアならすぐにBランクになる。だけどその時私はAランクになってる」
メリーは挑発的な笑顔でこちらを見る。僕もつられて笑う。
いつもと変わらない彼女の様子に少しだけ気持ちが落ち着く。
「貴族の中でも有力貴族と言えるのが、当家と関わりの深いブレイジア辺境伯家、ペスカ伯爵家、モーヒル子爵家。貴族が少ない分血縁も多く、勢力争いとは無縁と言って良いでしょう」
話を聞けば聞くほど自分がどれだけ無知だったのか思い知らされる。
中でも驚いたのは冒険者ギルドの権力が強いということ。
Aランク冒険者ともなれば貴族と対等の扱いを受けられると言ってもいいだろう。
ーーもし……もし仮に二人と結婚するとしても、それくらいの権力があれば
ブンブンと頭を振る僕を不思議そうに見つめるメリーの透き通った瞳が痛い。アノンはと言えば、その状況を微笑ましく見守っていた。
「ただ……」
一転、アノンは少し表情をくもらせて話す。
「危険があるとすれば、近頃“真聖女教団”なる者が国内の各地で問題を起こしているようでございます」
「真聖女教団……!」
「ご存知でございましたか」
「ちょうどさっきの騒動がその“真聖女教団”絡みらしいんだ」
「まずニアが襲われて、やっつけたら竜が出てきた」
「なるほど……」
僕とメリーの言葉を受けてアノンが考え込む。
「彼らは既にニア様が聖女様のご子息であると知っている……その上で命を狙ったのだとすれば、目的は聖女様の力を排除することでしょうか」
「僕には聖女の力なんて……」
「あの雷撃が聖女の力?」
メリーにそう言われて初めて気が付く。
今まで半信半疑だったけれど、もしあれが本当に聖女の力で、冒険者ギルドで見せた僕の魔法が彼らに見られていたとしたら全ての
「
「分かった」
「えっ即答……⁉︎ メリーさん……流石にまずいですよ」
アノンの突然の提案にも驚いたが、それに
またしても彼女達が本心で言っていると分かるからこそ恐ろしい。
「ダメだった?」
「ダメってわけではないけど、双方それなりの準備と言うものが……」
「ニア様、これは公女命令ですっ!」
彼女は今日一番の笑顔をこちらへ向け言った。
細身で背が高く大人っぽいアノン、美しく壮麗な
そんな彼女がくしゃっと笑えば何もかも許してしまえそうで、天にも昇るような気持ちだった。
「公女命令なら……仕方ないかぁ……」
「ニア、にやにやしてる」
「えっ……僕そんな変な顔してた⁉︎」
「うん、二人でお風呂に入った時と同じ顔」
「お……お風呂にお二人で⁉︎ ズルいです! 今日は
「のぞむところ」
「や……やっぱり僕……帰ろうかな」
盛り上がる二人の美女をよそに冷や汗が止まらない僕にようやく救いの手が差し伸べられた。
客間の扉が開き、メイドの女性が頭を下げ入室する。
「アノン様、お食事の準備が整いました」
そこへ“ぐぅ〜”というお腹の音が返事をして赤面するメリーにアノンが抱きついていた。
ーーこの状況に果たして僕は何日間耐えられるのだろうか。
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