第120話 焦る風魯、ダメもとで趙雲を笑わす Ⅰ
「この頃、黄承彦の姿が見えぬが・・・?」
建業での評議中に孫権が思い出したように呟く。
「確かに。ちょっと調べてみます」
評議の後、張昭が随所へ斥候などを発して調べ上げた。
すると翌日・・・
「孫権様、先日の調査の報告に上がりました」
張昭が眉間にしわを寄せながら入ってくるのを見た孫権はなんとなく察した。
「・・・裏切ったのか」
「はい。どうやら作戦の一環で孔明に嫁がせた黄月英が孔明と本当に通じてしまったようで、作戦を進めた彼としては面目丸つぶれです。今では孫権様にも顔を見せられず、かといって劉備にも顔を見せられずで隠棲しているようです」
「なるほど・・・」
孫権は暫し考えたが、それは孫呉にとって影響が薄いということに気づく。
「・・・劉備の傀儡であった荊州太守は葬れたわけだし、劉備から荊州を取り上げるという算段は変わらないな?」
これに張昭も頷いた。
現状、劉備は荊州支配の名目を失った状態なので、しかも劉備が荊州を呉から横取りしたと考えれば孫権は荊州返還を要求できる。これは黄承彦が呉陣営にいようがいまいが変わらないことである。
「しかし張昭。孫呉としては矛を交えずに荊州を召し上げるのが理想だが、我々が要求しても劉備らが返還するとは思えぬのだ」
「はい。それは私も同感です。恐らく劉備側は荊州返還の代替案を示すなどして、どうにか荊州を守ろうとしてくるでしょう」
果たして、この張昭の読みは当たった。
「どうか、荊州を借地とすること、許可をいただきたい」
建業に劉備の使者として赴いたのは
彼は弟の
馬良は5人兄弟でみんなの字に常の文字がついており、またその中で彼が一番有能であったことから、
”馬氏の五常、白眉もっとも良し”
と評されることになる。
ただ、この時はまだ実績がなく、この使者が初めての役目となった。
「ふむ、劉備が我ら孫呉の荊州を借りるとな?」
「はい。借用期間は10年、いや、8年あれば十分です」
「ほう。では借用期間中に新領を攻め取り、期限を以って返還することを約束できるか?」
「もちろんです」
孫権はその後も念押しするように執拗に尋ねたが、実はこれは時間稼ぎのためであった。
二人の問答が続く間にも孫権の使者が柴桑で療養する周瑜のもとへと向かっていた。
「周瑜都督!孫権様からの書状です」
使者が柴桑に着くと周瑜は何やら筆を手に取り書状を書いていた。
「あの、集中しているところ悪いのですがお手紙です・・・」
「ああ、わかった。これを渡してくれ」
なんと周瑜は使者の来る遥か前に書き始めていた書状を渡し、せき込みながら病床に戻っていった。
使者は困り果てたが、渡してほしいと言われたので帰還して孫権に渡すと、なんとこれが劉備側の条件提示に対する答えが書かれた書状であった。
(流石は周瑜だ。この迅速さは使者の来る前からすべてを察して書いていたに違いない・・・)
孫権はその指示通り、馬良の提案を受け入れることにした。
借地は荊州一帯で、期間は最長8年とする契約が結ばれた。
「孫権様、なぜあのような劉備側の提案を丸呑みしたのですか」
若手の丁奉から聞かれた孫権は周瑜の意図を察しつつ答える。
「劉備は荊州を借地としつつ益州を攻め取るに違いない。だから、この借用期間中に我々が先に益州を取ってしまえばいいのだ。さすれば、呉に抵抗できない劉備は行く手を失うことになる」
これに丁奉は手を叩いて喜び、
「なるほど!さすがは周瑜都督の策ですな!」
と呉の勢力拡大を信じて疑わなかった。
孫権自身も周瑜の作戦成功を確信し、益州を奪った際の益州太守を信頼する一族の孫瑜に任せると予め決めるなど、捕らぬ狸の皮算用をしている状態である。
だが、孔明はそれを見破り、益州を取るために荊州に足を踏み入れるのなら我らは抵抗するぞ、と言わんばかりに要塞を築くなど、あからさまに意思を示した。
(やはり、そう上手くはいかぬか。こうなったら劉備と戦うか・・・)
孫権としては北に曹操という強大な敵がいるため、矛を交えずに荊州を取りたかったところだが、斥候から荊州の様子を聞いて諦めかけた。
その時である。柴桑の周瑜から”次の一手”と書かれた書状が届いたのは―
※人物紹介
・馬良:白眉馬良で知られる。馬良は四男で馬謖は五男に当たるが、その三人の兄の詳細は不明。
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