第119話 荊州の譲渡人 Ⅴ
「孔明殿もこのところお疲れのようだし、お茶でも持ってゆっくり談笑でもするかな」
間もなく日も暮れようかというころ、風魯は孔明の屋敷に向かって歩いていた。
「・・・ん?人の気配がないなぁ。そういえば今日は遅くなるって言ってたっけ」
孔明の屋敷が閑散としているので一瞬戸惑った風魯だが、孔明の仕事が立て込んでいるのを思い出し、引き上げようとした。
しかし、その時屋敷の中から物音がしたものである。
(警備の人でもいるのかな・・・?)
初めはそう考えた風魯だが、聞こえてくる物音がガサゴソと怪しいので、中を覗き込んでいると・・・
(あ、そうか。黄月英さんがいるのか)
そこにはせわしなく、ただ足音を立てずに歩き回る彼女の姿が。
「・・・・・・!」
その瞬間、風魯と彼女は目が合ってしまった。すると・・・
たったったっ!
彼女は驚く仕草を見せたかと思えば、屋敷から走って飛び出してきた。
「ちょ、ちょっと。どこに行くのさ・・・」
風魯が走る彼女の風圧で転びながらも声をかける。
すると・・・
「ご存じの通りです!っさようなら!!」
と言葉を吐くように残して去ってしまった。
(ま、まさか夜逃げ!?追いかけないと・・・!)
風魯は立ち上がるとすぐに彼女を追いかけたが、なにぶん風魯は50過ぎのおっさん。
彼女には追いつけず、むしろ離れていく一方だった。
ただ、彼女の夜逃げは成功しなかった。
そもそも、彼女はもう少し遅い時間に出発する予定であり、行程も決めて計画を練っていた。
だが、風魯に見られてしまったため、急遽出発することに。
慌てるあまり彼女は向かう方向を間違えてしまい、川にかかる橋にたどり着いたが、その橋がなんと架け替え中。
他に渡れそうな橋は遠いため、少し引き返して横道から逃げようとしたが、
「つ、つかまえたっ」
横道に入るべく少し戻ったところを風魯が追いついたものである。
しかし、彼女は諦めず、
ズリズリ・・・
手を引っ張られながらも力ずくで逃げようとした。
風魯もこらえようとしたが、彼女の男勝りの力で引きずられてしまう。
(や、やばい・・・)
風魯は焦ったが、そこでちょうど仕事終わりの孔明とばったり遭遇。
風魯が夜逃げの話を伝えると、孔明も黄月英を引き留めてようやく捕まえた。
「どうした、何があった?」
孔明の屋敷に戻って彼が尋ねると、彼女は観念して父の計画に賛同したことなど、すべてを話した。
「私の家は生まれつき貧乏で・・・ただ、父上が蔡瑁殿の右腕となったことで生活が安定したのです」
「ただ、その後、蔡瑁殿が亡くなられてからは再び苦しい生活で、それで今度こそは孫呉のもとで安定した生活を手に入れようと、そう親子で考えて計画しました」
「私は許され難い罪を犯しました。ただ、できるのなら、命だけは助けてほしいです」
彼女は助命を願ったが、孔明は、
「事情があるのは分かりますが、あなたの犯した罪は重たい。生かす訳には・・・」
と助命に難色を示す。
ただ、こんな重苦しい空気の中、風魯が一言。
「まぁ、でも伊籍殿の諫言も聞き入れずに騙された孔明殿が悪いんじゃないの?」
これに孔明は頭を抱えて、
「では、黄承彦から頼まれて彼女を仲介したのは、どこのどなたでしたか・・・」
と、こぼすが、風魯はどこ吹く風で・・・
「孔明殿も戦場でたくさん敵を騙してきたよね?騙す方が悪かったら孔明殿とっくに・・・」
「ああ。分かりました。もう結構です」
結局、孔明は彼女を生かすことにした。
彼もまた、内心では彼女の才能を惜しんでいたし、数々の発明品も彼女という説明者がいなければ使いこなせないだろう。
「では、命を助ける代わりにあなたの発明品について聞きたい。あと、できるならこれからも発明して私たちを助けてほしい」
「これをもって償いとします」
こうして、孔明と黄月英は発明品やその他学問についてまで、幅広く語り合い、そのうちに共感が広がって本当に夫婦になってしまったものである。
彼女の発明品の凄さはこれから徐々に明らかとなっていくのであった・・・
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