第104話 赤壁の戦い Ⅰ

 「ああ―、孫権様は何をお考えか・・・」


 周瑜は帰還命令を携えた顧雍と面会し、顔は暗く、ただ呟くのみであった。


 彼の心中は激しく波打っている。

ただ、孫権に刃向かうような言葉は、いくら疑いをかけられていると言えども、出てはこなかった。


 「・・・して、軍団の指揮は誰に任せろと仰せか」


 周瑜は使者の顧雍に尋ねると、顧雍は孫権の伝言としてそのまま伝えた。


 「風魯大将軍にでも任せればいい、と仰りました・・・」


 「なっ・・・!!」


 周瑜は動揺を隠せない。

孫呉には他にも知識を持った武将が大勢いる。なのに、孫権の命令は風魯であった。


 (なぜだか分からないが、孫権様は孫呉の人たち全員に不信感を抱いているようだ・・・)


 周瑜は孫権の心情を見抜いたが、何をしても君主・孫権からの命令は変わらない。


 「・・・わかりました。急ぎ建業へと向かいます」


 こうして、周瑜は建業へと発った。

その道中で周瑜に同情した顧雍が孫権立腹の詳細を教えてくれたが、周瑜もこればかりは天運に任せることしかできなかったようである。


 (私の身一つなど、どうでもいい。ただ、指揮を風魯大将軍が担うようでは、我らも終わりだ・・・)


 周瑜は時々後ろを振り返り、一緒に戦ってきた仲間のことを案ずるばかりであった。




 「え、私が総大将に?」


 突然の話に風魯も理解が追い付かない。


 「はい。孫権様からの命令ですから、よろしくお願いします」


 重臣の呂蒙が風魯に伝えてきたが、その面持ちは絶望に近いものである。


 (弱ったなぁ。でも周瑜殿もいないし、仕方ないのかな・・・?)


 孫呉の臣がひどく絶望するなか、一人だけ表情が生き返っている人物がいた。


 ・・・諸葛孔明である。


 風魯のことを稀代の天才と勘違いしている孔明は風魯が指揮権を委ねられたことを不幸中の幸いとして、喜んでいた。


 (風魯大将軍ならば、何とかしてくれるに違いない・・・!)


 孔明はそう考え、また下手に口出しするべきでもないと思ったらしく、風魯が作戦について尋ねてきても答えることはなかった。


 そんな中、孫呉陣営では諍いが発生していた。


 事の発端は苦肉の策で痛めつけられた黄蓋の一言。


 「ああ・・・、私はなんの為に身体を犠牲にしたものか・・・」


 これを聞いた韓当は、


 「敵が上手だった。仕方ない」


 と、慰めたが、


 「韓当!そもそも曹操にいとも簡単に騙される孫権様がひどいと思わぬか!?」


 黄蓋が孫権を批判しだすので、


 「黄蓋殿!さすがに主君をけなすのは良くない」


 韓当がそう指摘する。

しかし、感情が収まらない黄蓋は、


 「韓当!おぬしは全く感じないのか!さてはとてつもない鈍感なのか!」


 と韓当を口撃。

これには韓当もカチンときて口論になり、遂にはお互いの配下も巻き込んだ同士討ちにまで発展してしまった。


 「あわわわ、仲間割れは大変だ。すぐに鎮めないと」


 それを聞きつけた風魯は仲立ちに入ろうとしたが、既に揉みくちゃの乱闘に発展しており、収拾がつかなかった。


 (んー・・・、こんな時に相手が攻めかかってきたらひとたまりもないなぁ)


 風魯は敵の襲来を心配したが、そのころ、揚子江一帯は濃霧が出ていて様子がさっぱり分からない。

 よって、彼らは気づいていなかったが、曹操の水軍はすぐ手前にまで近づいてきているのであった―

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