第90話 一本の矢 Ⅱ
「我々はお互いに味方なのですから、その味方同士で争っては曹操を利するだけです」
「ここは和解して、共闘するべきです」
そう言って、孔明と周瑜の両者に説くのは、呂蒙である。
また、魯粛や陸遜なども異口同音に唱えた。
「・・・わかりました、孔明殿。変な疑いを起こして悪かった」
「はい。こちらもあらぬ疑いをかけられないよう努めます」
こうして、両者は和解となったが、周瑜の方は内心怒りが収まらない。
(何があらぬ疑いだ!よく、そんな口が叩けるわ!)
そこで、彼は孔明に無理難題を吹っかけて処断する作戦を立てた。
これはある日の評議でのこと。
周瑜はその場で孔明にこう命令する。
「これからの戦に矢は欠かせない。そこで、だ。孔明殿には10日のうちに矢を10万本集めてほしい」
周瑜のこの命令に評議の場がどよめく。
矢を10万本、これは長く作っては貯蓄してを続けて初めて集められる数だ。
それを10日で、だなんてまさしく無理難題である。
だが、孔明の発言は周囲をさらに仰天させる。
「容易い御用です。それなら3日で集められますが」
(み、三日!?)
(さらに短くして孔明はどうするつもりだ!?)
孫呉の重臣たちは孔明が処刑される姿を目に浮かべざるを得ない状況であった。
だが、周瑜にとってそれは本望なので、
「そうですか。早い方が助かるので3日でお願いします」
と孔明に命じた。
「孔明殿、恐れながら矢を10万本集める、その大変さを理解しておられますか!?」
評議の後、魯粛が孔明のもとへ駆け寄り、そう警告する。
魯粛からすれば、孔明が戦の指揮しかしないあまり、矢を作る苦労を知らないのでは、と考えたからだ。
「魯粛殿、ご心配には及びません」
孔明はその一点張りであったが、魯粛はどういう意図なのか詰め寄る。
すると、
「矢は既に世間に溢れております。なので、それを少々頂くだけですよ」
とだけ、言った。
しかし、孔明は1日経っても2日経っても動き出す気配を見せない。
魯粛はますます不安になっていたが、3日目の正午頃である。
その日は朝、北風が吹いて寒かったが、昼間になると南風と変わりいささか気温も高くなった。
孔明はかつて荊州の揚子江に近い隆中にいた経験から、
(今は南風だが、夜には再び北風に変わるだろう)
と踏んで予め用意していた船で出航する。
その船は外側を蓆や藁などで覆われており、その船内に人がいることは確認できないが、確かに孔明は乗船していた。
果たして、この船を生かしてどのように矢を集めるのか。
出航を見届けた魯粛も未だに見当がつかなかった。
そして、孔明が生死を左右する賭けをしているとも知らず、風魯は陣所で日向ぼっこしていたが、日も暮れて次第に北風で冷えてきた空気を感じ、身震いしながら火鉢にあたっていたのである。
(孔明殿の姿が見えないけど、どこに行ったのかな?)
(まぁ、いいか― ブルブル・・・)
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