第88話 吃音の青年 Ⅱ
(風魯大将軍は私を助けて下さった。きっとどこかに仕官して活躍することこそが、最高の恩返しとなるに違いない!)
そんな想いを胸に秘めながら仕官先を探すのは、あの青年鄧艾。
初めは孫呉に仕官を願い出ようとも考え、赤壁の陣営を伺ったが、怪しい奴と見られて追い返されてしまった。
その次に江夏に駐留している劉備の元を尋ね、ある男に話しかけたがその人物が悪かった。
「あ?仕官したい?なら俺に勝てたら願い出てやるよ!」
なんと張飛に声をかけてしまい、勝負を挑まれそうになった。
・・・もちろん、敵うはずもないので命が惜しく、足早に逃亡。
もう最後と決めて立ち寄ったのが、烏林の曹操陣営であった。
「おお、お願いします!し、ししし、仕官させて下さいっ」
こんな調子なので中々相手にもされなかったが、諦めず一人一人お願いをした結果、ビックネームの耳に入ったのだ。
「ほぅ、そんな男が。何やら興味があります。ここへ招いてください」
と、彼を自陣に呼び出したのは、曹操が我が子房と言って信頼する軍師、荀彧。
吃音という障害がありながらも諦めないところに光る一端を感じたのである。
実際に二人は顔を向き合わせた。
そして荀彧は天下を論じてその才能を測ろうとしたが、鄧艾はそれに応じず、
「私はまだ若年ですが、世間の末端にあって様々な苦労を重ねてきました。その立場から見るに天下を論じている方は凡そ人々を上から見て論じています。幾万の民衆を一つの塊にしか見ていないのです。それでは駄目だと思います。もし、ここで天下を論じるのなら、私はお断りしてその時間を一人の人間を助けるために費やします!」
と反論したのだ。
真剣に述べる彼を見て、荀彧は思わず笑いだす。
「な、何が可笑しいのですか!?」
「いやいや、そなたは確か吃音と申していたな」
「は、はい」
「君が熱意を持って話していた時、何一つ詰まることなく、綺麗に勢いよく言葉が出ていた」
「あ・・・」
「そなたは確かに吃音なのだろうが、それを打ち負かすほどの熱意がある。それに君の話には感銘を受けた。もはや断る理由は何一つない」
これに鄧艾の表情が明るくなる。
「で、では・・・!」
「ああ。ただ、私の部下ではなく、丞相様の直臣として推挙する。その熱意、丞相様もきっと気に入られることだろう」
荀彧はさらに続ける。
「・・・確かに私は天下を民衆あってのものと理解してきたが、その民衆を一人単位で考えてはこなかった。だから、私たちに教えてほしい。一人でも多くの人がより良く暮らせる方策を!」
こうして、彼は曹操に仕官することとなった。
以後、鄧艾は随所に民衆を受け入れられる要塞を建設し、戦乱時に彼らの命を救っていった。
そう、彼は全員に共通することとして命の大切さをあげたのだ。
これは一人一人見ておかないと、案外気づけないものである。
この鄧艾は後に蜀の北伐を防ぎ、また彼の作った要塞はその死後も北方民族の襲来から民衆を守ったというが、これはまだ先のお話。
ただ、彼の信念の構築に風魯が少なからず関わっていたというのは確かだ。
”大将軍であるお方が一人の弱き青年である私を救ってくれた”
そう、それである―
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