第68話 三顧の礼 Ⅰ

 「では、私はこれにて」


 役割を終えた徐福は曹操に一旦、別れを告げて許昌を発とうとした。

ただ、曹操に仕える意思があるということはまだ誰にも告げてないので、当の曹操も別れるのも仕方ないと思っていたようだ。


 (ああ、しかし徐福とはいい軍師だ・・・、是非俺も欲しい!)


 とはいえ曹操はいい武将に惚れ込む癖があり、既に荀彧、荀攸、賈詡など稀代の策士を手中に収めてもなお、満足には至っていない節がある。

 それに加えて徐福が仕える劉備は間違いなく曹操の敵であり、徐福を取り込めれば劉備の戦力は大きく下がるので、なおさら欲しかった。


 「丞相様、徐福を手に入れるなど、たやすいことです」


 そんな曹操の心情を見透かして献策してきたのは、荀攸だ。


 「何、そんなにいい策があるのか?見た限り奴は劉備への忠誠を尽くしていそうだが・・・」


 「はい」


 荀攸はそう答えて笑みを浮かべるので、曹操はますます気になり、


 「ほう、では聞こうではないか。おぬしの策を」


 と身を乗り出す。


 「よくぞ乗ってくれました。あの男にとって劉備が一番大事と思われがちですが、彼が一番愛しているのは母の存在です。その母は既に老齢で連れてくるのはたやすいこと。そしてその母を徐福の前に連れ出せば、彼は母を思い出して離れられなくなるでしょう」


 荀攸の策に曹操は手を打って喜び、


 「そうか、そうか!よくぞ申してくれた!早速その老婆を連れて参れ!」


 と荀攸に命じた。

だが、彼は曹操が快諾することを予見していたので、


 「ご安心を、既に連れてきております」


 と先回りしていたことを明かした。

これに曹操は大笑いし、


 「さすがは我が荀攸だ!俺の行動する姿が目に浮かぶとは!」


 と上機嫌である。


 「徐福はまだその辺にいるだろう。会いたいという人がいるから戻ってきてほしいと伝えるのだ」


 曹操の命令で許昌から南方へ向けて人が走り、徐福を捕まえた。


 「はて?私に会いたいという人などいただろうか?」


 徐福はそう言ってとぼけたが、一連のことは予定していた通りであったのだ。


 「分かりました、許昌に一旦戻りましょう」


 彼はそう言って荊州への道を引き返し、許昌へと戻った。



 「福や、元気にしておったか・・・会いたかったぞぉ」


 「は、母上・・・!」


 母の姿を見た徐福は彼女に近づき、抱きしめた。

もちろん、これは演技である。

 確かに母には会いたかったが、自分の決めた道を進むという意志に変わりはなかったからだ。


 「福や・・・、これからも私の近くにいてくれぃ。丞相様もそなたを迎えてくれるそうだからなぁ・・・」


 「はい、母上。これまで寂しい思いをさせてすいませんでした。ただ、一つだけお願いがあります。我が君に別れの挨拶をしたので、一回だけ荊州に向かってもいいでしょうか」


 「あぁ、構わないよぉ。恩を受けた人に挨拶をするのは大切だからねぇ」


 こうして徐福は曹操の配下になるのと同時に、許しを得て荊州へと向かった。


 荀攸としては作戦が成功したことで万々歳であるが、実は徐福も同様であった。

なぜなら、これによって劉備に伝える離反の口実ができたからである―

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