第63話 水鏡先生 Ⅳ

 「実はな、君のご家来のことで前々から気になるところがあってのぅ」


 司馬徽老人は劉備が座って早々に本題に入る。


 「え、まさか張飛がまた何かを・・・」


 「好好」


 老人が好好と言うので、劉備はやっぱり荒くれ者の張飛が迷惑をかけたなと思い、


 「これはうちの弟が失礼を致しました」


 と謝ったが、どうやら老人の言いたいことは違うらしい。


 「好好、違うのだよ。これはわしの口癖じゃから無視してほしい。好好」


 (ああ、なんか非常に紛らわしい・・・!)


 劉備は苛立つ心情を抑えて尋ねる。


 「では、その話とは・・・」


 「好好、君はご家来が先ほど話にあがった義兄弟たちだけで満足か?」


 老人の質問に劉備は迷うことなく、


 「はい、弟(関羽や張飛)などに恵まれているので満足です」


 と答えた。

だが、老人は劉備の表情を斜め下から窺い、


 「好好、君はそんなに小さな男ではないはずなのじゃが・・・」


 と言葉をこぼす。


 「えっ、ではこの弟たち以上の存在がいると仰せですか」


 劉備がそれに食いつくと、老人はこれぞ思うつぼとばかりに笑いこう伝えた。


 「好好、もちろんじゃ、この世界は広い。例え全世界をその足で巡ったとしても、縁によって会える人、会えない人とがいる。とかいうわしも知り尽くしているわけではないが、少なくとも君に必要な人はいくつか挙げられる」


 劉備に必要な人材が眠っていると明かした上で、こうも言った。


 「好好、じゃが誤解はしないでくれ。君のご家来が力不足だと言っているわけではない。ただ、能力が偏っていると言いたいのじゃ」


 これを聞いて劉備はハッとする。

確かに関羽は多少の知識こそあるがどちらかと言えば戦場で輝く武将であり、それが張飛に至っては顕著だ。

 つまり、作戦を立てる軍師がいないのである。


 「では、この私が軍師を得るべきであると」


 「好好、その通りじゃ」


 老人はその上で二人の策士を挙げた。

それらのうち一人でも手に入れれば天下を狙える、と。


 「好好、一つは臥龍、そしてもう一つは鳳雛ほうすうじゃ」


 「・・・?」


 これに劉備はポカンと口を開けてしまった。

てっきり人名を教えてくれると思っていたのに、教えられたのは二つ名のみであったからだ。


 「先生、その、臥龍と鳳雛とやらの実名を教えてください」


 劉備は老人に迫ったが、


 「好好、言っておくがわしはあくまでも水の鏡じゃ。目の前にいる者は映し出せるが、ここにいない者を示すことはできぬ。もし、会いたければ自ら探して訪ねてみると良い」


 とはぐらかされてしまった。


 「好好、わしが伝えたかったのは概ね話したが、最後に一つだけ」


 老人が劉備に近づいて耳元で囁いたのは、


 「わしは今でこそ隠士じゃが、昔は漢室の霊帝に仕えていた。よって、わしは今の状況を憂いておる。この乱世を鎮めるのは漢室の一族である君しかいないと思う。そこのところ、よくよく察してほしい」


 という言葉だった。


 (先生が珍しく好好と言わなかった。そして何より凄いことを託されたものだ)


 その言葉を聞いた劉備は、水鏡先生の真意をすぐに察して決意する。


 (この劉備玄徳、必ずや秩序の乱れた世を鎮めてみせます・・・!)


 山奥の屋敷を出る前に劉備は水鏡先生の眼、一点を力強く見てその決意を伝えた。これには老人も軽く頷いたのである。


 こうして劉備はこの長閑のどかな農村を発った。

その帰路で関羽、張飛や趙雲とも再会したが、その日あったことをつぶさに語ることはなかったのだという。


 (恐らく先生が実名を語らなかったのにも意味があるのだろう)


 そんなことを考えながら劉備は新野へ向けて馬を進めたが、その途中である人物に出会うのであった。

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