第59話 蔡瑁の画策 Ⅲ

 「風魯大将軍、ちと頼みがある」


 ある日の夕刻、俺は孫権に呼ばれて建業城内にある小部屋へ向かった。

外は既に薄暗く、狭い室内はろうそくの灯で照らされている。


 「頼みとは何でしょう」


 「ああ、我々は荊州の奪取を目論んでいるが、このままでは蔡瑁とその裏にいる曹操に荊州を奪われてしまう。それだけは避けたいので曹操を怒らせずに荊州を彼らに奪わせない方策を、さっき周瑜と話していたところだ」


 「あぁ、確かに曹操は怒りっぽいですね」


 「そうだろう?だから、風魯大将軍には劉備殿と密会してもらい、劉備殿の手で蔡瑁を殺害してほしいと伝えてもらいたいのだ」


 「・・・」


 そう、周瑜の策とは、元々曹操と敵対している劉備に蔡瑁を殺してもらうというものだ。

 劉備も蔡瑁によって荊州に曹操軍を引き込まれては困る人物の一人なので、利害関係も一致する。

 もちろん、劉表には劉備の方から実行前に蔡瑁の非を説いてもらう。


 「どうだ、劉備殿にこれらのことを伝えたら済む話だが」


 孫権は俺の顔を窺う。

劉備という男は人をむやみに抹殺することを好まない人物なので、俺としても成功するかは分からなかったが、


 「分かりました、荊州に出向いて劉備殿を説得してみます」


 と承諾した。



 「では、行ってくる」


 数日後、俺は妻と孫権に挨拶して江南を発った。

荊州へはひたすらに揚子江沿いを西に向かうルートが最短である。


 (しかし、劉備殿に会うのは久しぶりだなぁ)


 俺は劉備との再会を楽しみに一路、荊州の襄陽へと向かった。


 

 「風魯大将軍。お久しぶりです」


 襄陽に着いた俺はまず劉表に適当な用向きを言ってから、劉備と再会する。


 彼は酒宴が明日に控える中、時間を取って会ってくれたが、何分忙しいので本題は明日の酒宴後に話すこととなった。


 「風魯大将軍、明日は丁度荊州の臣が集まっての酒宴です。良かったら大将軍も参加しませんか」


 俺は劉備に招待されて、快く酒宴に参加することに。

そして、当日・・・


 

 「ぷっはっはっはっ」


 「やっぱり酒は旨ぇなぁ!」


 「よっ、ねぇちゃん!」


 多くの武将たちが荊州各地から集まっての酒宴は、実に盛況だった。

特に黄忠こうちゅうという武将の飲みっぷりには周りの将から歓声があがるほどだ。


 だが、その酒宴が一瞬にして物々しくなる。


 (あれ?劉備殿が立ち上がってどこかへ逃げていく・・・?)


 主催者として席の中央にいた劉備やそれを護衛する趙雲などが、何を察したのか席を立ち足早に逃げるではないか。

 

 すると、その途端に喊声があがり軍団が劉備の後を追うように会場を駆け抜けるので酒宴の席は混乱を極める。


 「ど、どうした!?」


 「何があったのだ!?」


 俺は混乱する場において情報収集に努め、遂にその軍団が蔡瑁率いる劉備討伐軍であると判明した。


 (劉備殿の命が危ない・・・!)


 俺はとっさの行動で蔡瑁軍の後を追跡した。

だが、彼らは城の外堀付近で劉備を見失い、引き返してきてしまう。


 (や、やばい。引き返してくる、見つかってしまう!)


 俺は危険を察知するとひたすらに逃げた。

河を渡り丘を越え、無我夢中で逃げたが蔡瑁軍は襲ってこないようだ。


 (良かった・・・、ん?)


 足を止めてふと横を見ると、見覚えのある古びた建物が佇んでいたのである。



 ※人物紹介


 ・黄忠:劉表配下、後に劉備に仕える武将、弓矢の名手。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る