第56話 大将軍たる所以 Ⅴ

 ここは荊州北東部の江夏という地域。

緑の草原が果てしなく続く丘陵地帯である。


 「くっ、劉表の力は想像以上であった。退くに退けぬ・・・!」


 そこで劉表軍と激闘を繰り広げている孫権らは焦っていた。

なぜなら本国で王進らが反乱を起こしているとの情報を得ていたからである。


 (風魯大将軍に撃退できるとは思えぬ。

かといって劉表に背を向けるわけにも・・・!)


 その悩む孫権に声を掛けた人物がいた。


 彼の名前を魯粛ろしゅくといい、孫権が策士として招いた人物だ。


 「孫権様、ご安心ください。風魯大将軍なら間違いなく勝てます」


 と彼が言うので孫権は耳を疑う。


 「え、それは本気で言っているのか!?」


 これに魯粛は頷くと、理由を述べていく。


 「風魯大将軍は強運の持ち主です。彼と我らが良縁で結ばれていたら、

必ずや良い方に働きます」

 「そして、彼と我らは良縁であると私は確信しています」


 孫権は魯粛の言葉に聞き入っていたが、

それを聞いてもなお、孫権は不安でならない。


 「そなたの言うことが合っているのかどうか・・・」


 「大丈夫です、私の言うことを信じてください。

今はひとまず目の前の敵に集中しましょう」


 不安がる孫権も結局は魯粛を信じて劉表との激闘を続けた。

そして・・・


 「申し上げます!風魯大将軍が奇策をもって王進勢を撃退しました!」


 斥候からの報告に孫権陣営の中からは歓声が上がる。

風魯が王進率いる大軍に勝てるとはほとんどの人が思っていなかったからだ。


 「そうかそうか!いやー、魯粛の言ったことは真であった!」


 孫軍を率いる孫権は極めて上機嫌であったが、

それに諸葛瑾が釘を刺す。


 「孫権様、此度の事案はそもそも張昭殿の反対を押し切って

出陣したからこうなったのです」


 「ですから結果はどうあれ反省していただきたいと思います」


 彼の言葉はいつも的確である。

これには孫権も酔いが醒めるようであったが、

孫権自身も反省の念はあったので諸葛瑾の忠言を受け入れることに。


 「ああ、とても反省している。今すぐにでも建業へ使者を送り、

張昭の蟄居を解いた上で帰国したら謝るつもりだ」


 しかし、今すぐに帰れるとも限らなかった。

劉表の軍勢も依然として血気盛んであり、特に劉表の策士である

蒯良かいりょう蒯越かいえつ兄弟の策略には手を焼いていたところだ。


 「孫権様、ここは劉表と休戦協定を結ぶのはいかがでしょう」


 孫権にそう提案したのは呂蒙りょもうという人物。

彼は若き日こそ猪武者のようであったが、最近では兵法にも通じて

人材豊富な孫呉でも頭一つ抜けた存在になっていた。


 「むむ、詳しく申せ」


 「この戦いはかなり長引いています。しかも睨み合いではなく

激しい戦闘が続いておりますので、双方ともに疲弊しているのが現状」


 「なので、ここは休戦し双方引き上げるのが上策。

荊州より我々は国力が上ですから、じっくりと圧力をかけつつ

富国強兵に努めればいずれ荊州を取る日が訪れるでしょう」


 呂蒙の意見は孫権含め多くの賛同を得たため、

早速劉表のもとに使者が赴くことに。


 「そうか、我々も考えていたところだ」


 劉表もこの協定に応じ、かくして両軍は引き上げたのである。


 (しかし、風魯大将軍があんな奇策を考え出すとは・・・)


 帰国の途にあった周瑜は馬に揺られながら風魯を見直していた。

斥候から戦の詳細を聞いていた周瑜は思う。


 (これまで風魯大将軍はただ運がいいだけと思っていたが、

此度の話を聞く限り大将軍になるだけの頭脳を持っているのやも知れぬ)


 また、これは孫権も同じであり、彼もまた張昭に謝って復帰させると

次におこなったのが俺、風魯を客将ではなく重臣として迎えることであった。


 此度の事案で俺の株は爆上がりし、結果として

「大将軍たる所以ゆえん」を示したのである。



 ※人物紹介


 ・魯粛:孫権が周瑜を差し向けて策士として迎え入れた人物、

王佐の才と賞される。

 ・蒯良・蒯越:劉表の軍師として名をはせた兄弟。

 ・呂蒙:孫呉の重臣に登り詰めた人物、その生き様は後世

毛沢東も感銘を受けたという。

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