第39話 関羽の忠義 Ⅱ

 「よし、関羽の要求を呑む。だから張遼、彼を連れてきてほしい」


 曹操は遂に関羽の三条件を受け入れ、張遼を使いにして

関羽と劉備の妻子を迎えた。


 「俺はこの関羽雲長という男を迎えられたことを誇りに思うぞ」


 曹操は口々に関羽を褒め称え、ありとあらゆる贈り物をした。

例えば・・・


 「関羽殿、その緑色の衣服は大変古びているが

代わりにこんなのはどうだ?」


 曹操は関羽に衣服を贈った。

そして、その古いのを着替えるように促したのだ。


 しかし、関羽は応じない。


 「わしが身に着けているのは兄者から戴いたかけがえのないものです。

これを肌身離さず着ていると兄者と共にあるという気を起こさせてくれます」


 「ですから、そのご好意だけ受け取っておきます」


 こう言って断る関羽に対し、曹操は一方的に衣服を渡したが

元の服の上に着ることはあってもそっくり着替えることはなかった。


 その後も曹操は何とか関羽の気を引こうと彼の周りに美女を集めたり、

金銀財宝を贈ったりしたが、その目は劉備だけを見ているようであり

全く気を引くことができない。


 さらに曹操は名馬、赤兎馬までも関羽に贈ったが、

彼は受け取りこそしたものの、これで劉備のもとに駆けつけることができるから

という理由なのだそうな。


 (関羽という男は金銀財宝に全く見向きもしないから、

これではまるで猫に小判ではないか)


 曹操配下の于禁などは関羽という漢の大きさを測ることができず、

心の中で猫に例えるほどであったが、当の曹操はというと・・・


 「うむ、これぞまさに忠義の漢である!」


 とますます彼に惚れてしまった。

こうして曹操が関羽をもう手放したくないと思っている最中のこと。


 俺、風魯の自邸にとんでもない男が現れたのだ。


 「風魯大将軍、助けてほしい」


 門番に促されて部屋から出てきた俺を待っていたのは、

河北にいるはずの劉備玄徳本人である。


 「りゅ、劉備殿!?」


 俺が驚きの声をあげると彼は、


 「し、静かにお願いしたい」


 と制してからこれまでの経緯を話す。


 「実は私は河北の袁紹のもとへ向かったのですが、

曹操の進撃を恐れたのか袁紹に門前払いを喰らいまして

風魯大将軍なら助けてくれると思い、秘かに参った次第」


 劉備は夜の静けさに反せぬよう溶け込むような声で告げた。

まぁ、確かにあの袁紹ならやりそうである、フムフム・・・。


 「なるほど、わかりました・・・、寒いから一先ず中に入りましょう」


 「かたじけない」


 こうして俺は劉備を自邸に迎え入れたが、

後々考えてみれば彼と曹操は敵同士である。

 その彼を曹操の味方である俺が助けたのだから大変な話だ。


 だが、浅はかな俺はそれに気づかずに翌朝、曹操に報告してしまう。


 「なにぃ、劉備めがお主の館にいるだと!?」

 「命が惜しければその劉備を引き連れてくるのだっ」


 曹操は物凄い形相で俺に怒鳴ってきたが、

それを曹操配下の郭嘉かくかが引き留めると曹操にこう進言する。


 「お待ちください、それでもし劉備を殺害したら

彼を慕う関羽殿もまた死に場所を求めるでしょう」


 郭嘉が落ち着きはらった表情で進言するので、

曹操も少しばかり怒りを鎮めて献策を求める。

 それに郭嘉はニヤリと笑った後にこう述べた。


 「ここは、劉備を風魯殿の館に半永久的に閉じ込めて

劉備の消息未だに分からずとしておけば、

関羽殿も丞相様のもとにいるしかなくなるでしょう」


 これには曹操もこの手があったか、とばかりに喜んで

俺に命じる。


 「風魯、今の通りだ。劉備を館からだすなよ」


 さぁ、事態は曹操の思う通りに運ぶのか・・・

俺はそうはさせないけど。



 ※人物紹介


 ・郭嘉:曹操の軍師の一人、荀彧に推挙される。

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