<120> 番外編2 狙った獲物は逃さない

四人で二軒目を出た頃には、老人二人は完全に潰れていた。

香織の足取りも、軽くふら付いている。

本来ならここで三人とも帰らせるべきだが、陽一はどうしても香織と二人で話をしたかった。


二軒の居酒屋で過ごしている間に、どんどん昔の記憶が蘇ってきていた。

懐かしい思いが溢れ、胸の中を占めていた。気になることはたくさんある。


あの納屋の物は健在なのか?

あの真っ赤な格好いいトラクターは?

自分が乗り込んだ古い黄色のトラクターは今もあるのか?

それに、必死に取り付けた秘密基地の懐中電灯はまだ付いているのか?


そして・・・。

自分との約束は覚えているか?


最初にバーに誘った時は、恐らく下心などは無かった。

きちんと家まで送り届けようと思っていたのだ。

だが、話が盛り上がるうちに帰すのが段々惜しくなってきた。


「あー!あの時のお兄ちゃん?!」


驚きながらも楽しそうにケラケラ笑う香織に、昔の少女の笑い顔が重なる。

どこか間抜けな笑い顔も懐かしい。

だが、その笑顔には幼さは消え、すっかり大人の女性の笑顔に変わっていた。

しかも、何杯もカクテルを飲み、すっかり酔いが回っているその顔は、ほんのり色香が漂っている。

陽一を惑わすには十分な色香だった。


「場所を変えて、もう少し話そう。二人きりになれる場所で」


更にもう一杯頼もうとしている香織を制して、陽一はバーから香織を連れ出した。



                 ☆



翌朝、満ち足りた気持ちで目覚めた自分とは裏腹に、真っ青な顔をしている香織に、陽一は釈然としない気持ちになった。


泥酔して昨夜の記憶が無いという。

しかも、これを機に付き合おうという陽一の申し出をバッサリと断ってきた。


「今回はどうかご勘弁ください!」


土下座までする始末だ。


昨夜、自分の腕の中で、あんなにも可愛らしく身を任せていた女と同一人物とは思えないほどの身の変わりようだ。

あの甘美な夜を無かったことにするつもりか。


(させるか)


今までにも、一夜限りの女性は何人もいた。

だが、この女に限ってはそのつもりは無い。

ちゃんと恋人として扱おうというのに、どういうつもりだ?


「とにかく、朝食だ。腹が減った」


これ以上の反論を遮るように、シャワールームに向かった。


シャワーを浴びながらもイライラが収まらい。

なぜか裏切られた気持ちがしてならない。段々と腹が立ってきた。

恋人にしても一夜の相手にしても、自分が執着されたことはあっても、逆は初めてだ。


イライラしながらも、逆の立場になって初めて知った屈辱のお陰で、今までの女性への態度がいかに傲慢だったかを知ることになった。


結果、猛省しつつシャワールームから出て部屋に戻ると、そこに香織の姿は無かった。



                ☆



翌日、早速、香織を呼びつけると、有無を言わさずに食事に連れ出した。

そこで、逃げた理由を問い詰めたが、香織は何も言わない。


「まさか俺の申し出を断るわけじゃないだろうな?」


「・・・お断りするのが、自然かと」


相変わらず断ってくる。

陽一自身が気に入らないわけではなく、不釣り合いの一点張りで交際を断られるのは、どうにも納得がいかない。


それはほかの女にも当てはまることだ。

陽一本人よりも、佐田の御曹司として見られることが多い。

それなりに縁があり、お付き合いするようになった女性も、大体が一ヶ月もしないうちに結婚を匂わせてきて、それに閉口し、結果的に別れるというパターンを繰り返していた。


香織だって他の女性と同じように、陽一を佐田の御曹司としてしか見ていない。

ただ評価が「真逆」ということだけだ。

だが「真逆」だからこそ、より一層自分自身を見てもらいたいという欲求が強くなる。


しかし、それを素直に言える陽一ではない。

結果、脅すようなやり方で「分かりました」と言わせた。


そして当然のごとく、そんな言葉は撤回される。


「あれはズルいですよ!無しです、無し!」


香織にキッと睨まれた。


「さっきの『分かりました』は取り消しです!男には二言はないかもしれないけど、女には二言はあるんです!」


「は?」


「じゃあ、失礼します!ご馳走様でした!」


香織は陽一に一礼すると、一目散に走りだした。

陽一は呆然と香織を見送ってしまい、我に返った時には、横断歩道は赤に変わり、追いかけることが出来ない。


「チッ」


軽く舌打ちをしながら、小さくなっていく香織を目で追いかけた。

そして一昨日の香織を思い返した。

居酒屋で食事を美味しそうに頬張る顔、バーで見せた色香を漂わせ顔、そして、自分の腕の中で見せた無防備で可愛らしい顔。


陽一の頭から香織の顔が離れない。

どうやら、すっかり香織に心を奪われてしまったようだ。


「逃がすかよ・・・」


陽一は小さく呟きながら、香織を見送った。


しかし、香織は一筋縄ではいかなかった。

この後、何度も逃げられることになる。

それどころか、気持ちが通じ合った後でも逃げらる羽目になるのは、読者の皆様も

ご存じの通りだ。


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シンデレラなんてお断り~高スペック御曹司にロックオンされました~ 夢呼 @hiroko-dream2

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