<114> 家と家との繋がり

正則は大声で怒鳴った後、ハアハアと肩で息をして、手を静かに下ろした。

そしてドカンと乱暴にソファに座ると、勝ち誇ったように陽一を睨んだ。


「あー、やっぱりね。そう言うと思ったよ」


陽一は溜息をつくと冷ややか笑みを正則に向けた。


「まったく、テンプレ通りだな。返って感心するよ」


そう言うと、笑いを消して、挑むように正則を見据えた。


「あのさ、おじいさん。おじいさんに認められなくていい事を、佐田家に認められなくていいて事を、俺が何の覚悟もなく言ってると思ってるの?」


「・・・な、に・・・?」


「そのくらいは覚悟してるよ」


「!」

「!」

「!」


サラリと答える陽一に、目玉を飛び出したのは正則だけではない。

綾子も零れ落ちてしまいそうなほど目を開き、口をアングリ開けている。

香織も飛び出した目玉を向け、陽一を見た。


「もともと佐田家にも佐田商事にも執着は無い。もちろん、愛社精神はあるよ。だからこそ仕事も頑張ってきた。やりがいもあったしね。だけど、泣いて縋るほどの執着心は無いよ」


陽一は驚いて固まっている正則に向かって淡々を続けた。


「佐田の家も同じ。俺の家族だし、俺が育った家で、俺自身のルーツだ。そりゃあ、大切だよ。だけど、その家とこれからの自分の家庭と天秤にかけた時、当然、自分の家庭の方が重い」


「な、な、何を勝手なことを言って・・・。お前は佐田の跡取りなんだぞ!」


「俺に跡取りになってほしかったら、認めるしかないね」


「ふ、ふ、ふざけるな!」


正則はもうソファから立ち上がることが出来ず、ワナワナ震えながら、陽一を指差した。


「お前、結婚はなぁ、家と家の繋がりなんだ!個人同士の問題だけじゃないんだぞ!」


「分かってるよ。俺も心底そう思うのに、その家と家との繋がりを嫌がっているのはおじいさんじゃないか」


「家と家との繋がりだからこそだろうが!佐田さんに『原田』など分不相応だ!」


陽一と正則の間に荻原の祖父が割って入った。


「一体、原田は何なんだ!ワシ等から息子を奪って!孫ぐらい返さんか!」


悔しそうに両手を握りしめ、歯ぎしりした。


「それだけじゃない。その上、佐田さんの孫まで奪う気か!」


同志の老人の加勢に気力を貰った正則は、何とか立ち上がった。


「そうだ!お前を奪われるわけにはいかん!お前は誰にもやらんぞ!」


震える指で陽一を指すと、大声で怒鳴った。


「・・・やめてくれよ、そんな愛の告白みたいな言い方・・・。恥ずかしいんだけど」


陽一は心底迷惑そうな顔をして正則を見た。

そして、冷たい目線を荻原に向けた。


「そもそも『奪う』という考え方からして、間違っているんですよ。香織も『返す』に値しません」


「・・・なっ」


「分不相応などとおっしゃらずに家と家の繋がりを大切にしていたら、失うものなど一つも無かったでしょうに」


「・・・っ!」


「若輩者が偉そうに、すいません」


陽一の冷ややかで呆れたような顔を、荻原は歯ぎしりしたまま睨みつけた。

だが、陽一は臆することなく見つめ返してくる。

先の目線を外したのは老人の方だった。


「で?おじいさん、どうする?」


陽一は視線を正則に戻した。


「俺に跡を継いでもらいたいなら、この結婚は認めてもらわないと。もちろん『原田』としてね」


「な・・・、何だと・・・?」


「認めないというのであれば、甘んじて勘当を受け入れるよ」


「・・・!」


正則はすぐに言葉が出てこなかった。

内心では、自分から引導を渡しておいて、甘受されて慌てふためいていた。


自宅に招いた荻原の手前、このまま結婚を認めるなんて言葉は言えるはずがない。

とは言え、陽一を手離すつもりは毛頭ない。


勘当も認めない!結婚も認めない!

この孫は、なぜこうも、老い先短い老人をここまで悩ませるのだ!


暫く、無言で睨みつけていると、陽一がフッと笑った。

時間切れの合図だった。


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