<113> 否認
陽一の言葉に、部屋中がシーンと静まり返った。
老夫婦は固まり、正則は顎が外れそうなくらい口を開け、綾子も目を丸めている。
「ということで、香織はもう私の妻です。そちらにお預けすることはお断りしますよ」
陽一はにっこりと笑って、正則と荻原老夫婦を見た。
「な、な、なんだと・・・?」
「だから、入籍したって言ったんだよ」
目を白黒させて口をパクパクしている正則に、陽一は平然と答えた。
綾子は眉間に手を当てて、溜息を付いた。
「な、な、何を勝手な事を・・・!」
「・・・本当に・・・。勝手に事を進めているのはあなたの方でしょう・・・」
怒りで言葉に詰まっている正則の後を、綾子が呆れ果てた口調で続けた。
「問題を一つ一つ解決していくように忠告したはずだけど。おじい様を納得させることも含めて」
「そんな七面倒臭い事やってられるかよ。俺も暇じゃないんで」
陽一は意地悪そうな笑みを浮かべて綾子を見た。
「な、な、納得だと?!するわけなかろうが!!」
正則は怒りで真っ赤な顔で怒鳴りつけた。
だが、陽一は怯む様子など見せない。
「へぇ?でも、荻原ご夫妻をお呼び立てしているってことは、認めるつもりだったんだろ?違うの?」
「・・・っ!」
「それなりの条件の下でだろうけどさ」
「・・・」
「でも、その条件は謹んでお断りするよ」
陽一は澄ましてそう言うと、改めて老夫婦の方を向いた。
老夫婦はまだ目を丸めて固まっていた。
入籍という報告だけでなく、陽一の豹変にも驚いているようだ。
「香織もあなた方の血を分けた孫であることは事実ですので、先日はご挨拶をさせて頂きました。ですが、今後の我々との親戚付き合いは今まで通りでお願いいたします。もう香織をお宅様のところに連れて行くことはありませんので」
「何を言って・・・、今後は・・・」
「嫁入り道具等も原田のおじい様とおばあ様が用意して下さるのでお気遣いなく」
「!!」
『原田』というフレーズに荻原の祖父はカッとなった。
真っ赤な顔で陽一を睨みつけたが、陽一は眩しいくらいの笑顔で微笑み返した。
「・・・わし等の好意を踏みにじるつもりかね?せっかく荻原に孫として迎え入れようとしているのに・・・」
荻原の祖父は膝の上で拳を握り締めて、唸るように声を出した。
「踏みにじるなんて!そんなことはありませんよ」
陽一はにっこりと笑ったまま、少し肩を竦めた。
「ただ、彼女は原田家から嫁に貰ったので」
「・・・」
「荻原ご夫妻にとって香織は外孫ですし、それ以上の事は望みません。どうぞ、これからも今まで通りで」
「今まで通りということは外孫としても認めないというこだぞ!それでいいのかね?!」
荻原の祖父は真っ赤な顔で怒鳴った。
「ええ、そうですね」
陽一は大きく頷いた。相変わらずにっこりと微笑んだままだ。
この慇懃無礼な態度に、両老人は激怒した。
「よ、陽一!お、お前は、何を考えているんだ!」
「なんて、失礼な!本気かね?!後悔するぞ!」
老人二人は同時に喚き散らし、テーブルをバンバン叩き出した。
二人で叩きまくるので、置かれているコーヒーカップもカチャカチャカチャと音を鳴らし、騒音極まりない。
老婆は二人の剣幕に怯え、黙って見ているだけだ。
綾子は嫌そうな顔をし、耳を塞いでそっぽを向いた。
陽一は呆れたように溜息を付くと、
「同時に怒鳴られても、何言ってるか分からないんだけど。俺、聖徳太子じゃないんで」
大袈裟に肩を竦めて、両手を広げた。
「『原田』のままでは嫁にはいかせん!」
「そうだ!荻原家との復縁がない限り、結婚は許さん!」
相変わらず同時に怒鳴りまくる老人らに、
「荻原さんにはそのようなことを仰っしゃる権利はないと思いますし、おじいさんに至っては、許すも何も、もう入籍済みなんで」
「な!」
「まあ、これ以上、こちらも話すことは無いし、話したところで堂々巡りだ。時間の浪費ですよ」
陽一は澄まし顔で答えた。
そんな陽一に対して正則は立ち上がって指差した。
その指はフルフルと震え、目は釣り上がり血走っている。
「認めんぞ!ワシは絶対に認めんぞ!」
「ああ、認めてもらえなくても構わないよ」
「陽一ぃ!!」
「なに?」
シレッと答える陽一に、正則は怒りが収まらない。
こめかみに血管を浮かび上がらせ、小刻みに震えている。
「こ、こ、このまま強引に事を進めると言うのなら・・・」
正則は目をギラギラさせて陽一を睨みつけた。
「お前なんて勘当だ!会社はもちろん、佐田の家も継がせんぞ!」
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