<107> 初恋ではないけど運命
「・・・も、も、も」
「?・・・何だよ?」
「もしかして、陽一さん、私が初恋だったんですか?!だから、私に執着したんですか!?」
陽一はブッと噴出した。
そしてゲラゲラ笑いだした。よほど可笑しいのか、目じりに涙が浮かんでいる。
「お、お前・・・、ちょっと、笑わせないで、くれ・・・。今運転中・・・、危ないから・・・、は、腹が痛い・・・」
陽一の中で、一気に時を超え、スイカに夢中で約束をすっかり忘れた、ちょっと残念な女の子が蘇った。
あの子を相手に初恋とはあり得ない。
陽一は必死で笑いを堪えて、ハンドルを握りしめた。
笑い過ぎて、握る手が震えている。
「ちょ、ちょっと!笑い過ぎですよ!あー、超感じ悪い!」
香織は頬をぷくーっと膨らませて、そっぽを向いた。
「悪い、悪い」
陽一は目じりを拭くと、まだ笑いながら手を伸ばして、香織の頭を軽く撫でた。
「残念だけど、流石にそれはない。俺の初恋は小学校一年生の時だから」
「私だって、幼稚園だもん!」
香織はムキになって言い返した。
「じゃあ、お互い様だな」
陽一は可笑しそうに、香織の頭をさらにクシャクシャ撫でた。
「でも・・・」
手をハンドルに戻すと、前を見ながら、少し声のトーンを落とした。
「柄にもなく、運命を感じたのは確かだよ。お前との再会に」
「え・・・?」
「だから、口説いてホテルに誘ったんだ」
「!」
香織は顔がどんどん赤くなるのが分かった。
陽一は香織の右手を取ると、握ったまま自分の膝の上に置いた。
「・・・じゃあ、プライドが傷ついたから、私に執着したんじゃなかったんですね・・・」
陽一は呆れたように小さく溜息を付いた。
「まだそう思ってたのかよ?」
「う・・・、そういうわけじゃ・・・」
「ま、確かにそれも否定はできないな。なんせ、振られたことなかったもんで」
陽一は意地悪そうにニッと口角を上げて、チラッと香織を見た。
「だけど、それだけじゃない」
握っている香織の手に力を込めた。
「惚れたからだよ、お前に。運命を感じた上に惚れたんだ。だから絶対逃がさないって思ったんだよ」
香織は瞬きもせずに陽一をじっと見つめた。
その見つめている瞳からポタポタと涙が零れていた。
陽一は静かに車を路肩に停めると、香織に向き合った。
香織の頬を両手で包むと、親指で涙を拭った。
そっと目を閉じた香織の顔を見つめると、額にキスを落とした。
香織は目を開けて、期待外れのような顔をして陽一を見た。
「なに?」
陽一は意地悪そうな顔で、香織を覗き込んだ。
香織は真っ赤な顔をして、慌てて目を逸らした。
陽一は可笑しそうに笑うと、もう一度、香織の額にキスをした。
そして、香織の両頬に手を添えたまま、恥ずかしそうに上目遣いで見つめる瞳を、真っ直ぐ見つめた。
「結婚しよう。香織」
パチパチと瞬きした香織の瞳から再び涙が溢れだした。
陽一はその顔を愛しそうに眺めると、溢れてくる涙を拭った。
「返事は?」
「は、い・・・」
香織は震える声で返事をした。
今度は目を閉じる前に、陽一の唇が香織の唇に触れた。
何度も何度も優しく触れる。
香織が両手を伸ばして陽一の背中に回すと、陽一も香織の頬から手を放し、強く抱きしめた。
☆
その夜、陽一は懐かしい夢を見た。
『お兄ちゃん、一緒に遊ぼう!』
小さな女の子がそう言いながら、ずっと自分のシャツを掴んで離さない。
無視してズンズン歩いても、シャツを掴んだまま、ケラケラ笑いながら楽しそうに付いてくる。
『放せよ』
陽一がシャツを引き離すと、土汚れと苔の跡がしっかり付いている。
『やってくれたな!』
怒って女の子の方を振り向くと、にんまりと笑って両手をひらひらさせている女性が立っていた。
美しく成長した香織がそこにいた。
『何で怒っているの?お兄ちゃん』
女性は笑って首を傾げた。
陽一の服は白いシャツからベージュのコートに変わっているが、同じように背中が汚れていた。
陽一は汚れを見て、呆れたように笑うと、
『怒ってないよ』
そう言って、香織に向かって両手を広げた。
香織はその胸に飛び込むと、
『一緒におままごとしよう!』
笑いながら陽一を見上げた。
『わかったよ』
陽一は観念したように笑うと、香織の頭を撫でた。
『約束したもんな』
そう言うと、香織の背中に手を回し、優しく抱きしめた。
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