<104> 納屋

香織はキョトンとした顔で、陽一を見つめた。

陽一は懐中電灯を天井近くに持って行き、ライトを下向きにしてスイッチを付けた。

すると、この小さな空間全体がパァっと明るくなった。


「わぁ・・・」


香織は目を丸めた。

いつもの懐中電灯のはずなのに、上からかざされるだけで、小屋の中の景色が違って見えた。

照らした箇所だけが強く明るくなるわけではなく、小屋中全体に灯りが行き届いている。


「すごいね!お部屋みたいだね!」


香織は手を叩いた。

陽一は感嘆している香織を見て、得意な気持ちになった。


「なんか紐とかない?あとハサミ」


陽一がそう注文すると、香織は目を輝かせて、陽一の腕を掴んだ。


「納屋にあるよ!納屋に行こう!」


香織は陽一を引っ張るように納屋に連れて行くと、入ってすぐの手作りらしい棚の前に立った。

そこには綺麗に箱が並んでいて、縄からビニール紐や麻の紐、ハサミやペンチなどの道具が小分けにして入っていた。

香織はその箱から紐を取り出し、陽一に見せようと振り向いた。


しかし、陽一はそれどころではなかった。


納屋に入った途端、目に入ってきた大きな真っ赤なトラクター。

すっかりそれに心を奪われていた。


「かっけー・・・」


車好きの陽一には堪らない光景だった。


陽一はトラクターに近寄ると、惚れ惚れするように見入った。

ごつごつした巨大なタイヤに威圧的な顔をしたボディ、黒いシンプルな座席。

まるで一人用の戦車のように堂々した風格に圧倒された。


陽一が奥を見ると、もう一台、古くて一回り小さいトラクターがあった。


「すげー、二台もある!」


陽一は嬉しくなって、古いトラクターに駆け寄った。

こっちは黄色で屋根なしで赤よりもずっとシンプルだ。

赤のトラクターの方が男らしくて格好良い。


そんなことを思いながら、夢中でトラクターを観察していると、香織が近づいてきた。

陽一の顔を覗き込むように見ると、


「お兄ちゃん、トラクター好きなの?」


と聞いてきた。


「うん!だってカッケーじゃん!」


陽一は香織の顔を見ることもなく、トラクターに釘付け状態で答えた。


「ふーん・・・」


香織は理解できないような顔をして陽一を見た。

いつまでもトラクターに夢中な陽一にイライラしてきたようだ。


「お兄ちゃん!かいちゅうでんとーは?」


大声で言うと、陽一のシャツを引っ張った。

陽一はそれを無視して、香織の手からシャツを引き離すと、古いトラクターに乗り込んだ。

そして、座席に座るとハンドルを握った。

香織は目を丸めて、慌てて叫んだ。


「ダメだよ!子供が乗っちゃいけないんだよ!」


「ちょっとだけだよ。すぐ降りるって!」


困った顔をしている香織を、陽一は得意気な顔で見下ろした。

そしてハンドルを握りながら、納屋の中をゆっくり見渡した。


ここはすごい。色々なものが置いてある。


マシーンはトラクターだけではなく、芝刈り機や古い脱穀機も置いてある。

それに機械だけじゃない。

木の農具も壁の隅に綺麗に並んで置いてあった。

鍬や鋤、餅つき用の臼や杵。竹箕や大きな竹籠。


(あっちより、ここの方がずっと秘密基地だ!俺だったらこの中に基地を作るのに)


そして、改めてトラクターの運転席を見て、たくさんのボタンやギアに興奮した。


「触っちゃだめだよ!」


陽一がギアに触れようとした時、香織が叫んだ。


「・・・分かってるよ」


陽一は軽く舌打ちをして、香織を見た。

今にも泣きそうな顔をしている香織を見て、溜息を付くと、渋々トラクターから降りた。


そして、香織が握り締めていた紐とハサミを取り上げると、香織の秘密基地に向かって歩き出した。

香織はホッとしたように、陽一の後を追いかけた。


香織の秘密基地に戻ってくると、陽一は早速、懐中電灯を天井に取り付け始めた。


最初はぶら下げようと思ったが、そうすると、ライトの部分がかなり下になる。

やはり天井の細い柱に括り付けることにした。

ライトが斜め下向きになってしまうことを考慮し、中央よりもやや奥側に位置取り、紐できつく括り付けた。


スイッチにも電池交換箇所にも邪魔しないように紐を括るには、なかなか骨が折れる仕事だった。

何度か嫌気が差したが、ワクワクしながら作業を見ている香織の前で、途中で投げ出すなんて格好悪いことはできない。


やっとの思いで完成し、スイッチを付けると、小屋全体がパッと明るくなった。

これが自分の成果だと思うと、何とも言えない達成感でいっぱいになった。


それに加え、香織の歓声と拍手が満足感と優越感を膨らませた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る