<91> 基地の思い出

太一郎の家に太一郎と綾子を送ると、家には寄らずにすぐ陽一の家に帰っていった。


「それにしても、陽一さんの独り勝ちでしたね」


香織は運転する陽一を拗ねるように見ると、唇を尖がらせた。


「お前らがなかなか帰ってこないから、付き合わされる羽目になったんだろ」


陽一は前を見ながら鼻で笑った。


綾子と香織が母屋に戻ってくると、座敷には誰もおらず、隣の部屋でジャラジャラと音がしていた。

襖を開けると、こたつのテーブルに四人、ジャラジャラと麻雀牌をかき混ぜていた。


途中、昌子が台所の用事で抜けた時に、代わりに香織が参戦したが、惨敗だった。


「酔っ払い相手じゃ、勝負にもならないだろ。じいさん二人もおばあさんも結構酔ってたからな」


「私、酔ってなかったですけどっ!」


「へえ?そりゃ、お気の毒。それであの成果だと、酔って頭が回らなかったことにした方がいいぞ」


「・・・こんな低俗な遊びにも強いって、どんだけですか?あんまり出来過ぎる人は可愛げがないんですけど」


「何言ってるんだよ、麻雀を舐めるなよ。こんなにも頭を使うゲームはそう無いぞ。先を読む力も、相手の思考を読む力も、勝負どころも見極める力も、ビジネスマンは麻雀で学ぶんだ」


「・・・一理ありますね」


「っていうか、お前は弱過ぎ。捨てる牌で何を作っているか一目瞭然なんだよ」


「くっ・・・」


香織は不貞腐れたように、プイっと顔を背けて外の景色に目を向けた。

陽一は笑いながら、香織の頭をクシャクシャ撫でた。


「ところで、お袋と何処にいたんだよ?」


「あ、そうそう!庭で私のお母さんの思い出話をしてたんですよ!」


香織は途端に笑顔になって陽一に振り向いた。


「へえ」


「うちの裏庭にある桜の木がお母さんとの思い出の場所なんですって。あと、秘密基地!」


「秘密基地?」


フフッと香織は嬉しそうに笑った。


「お母さんの秘密基地で二人で遊んだみたいですよ。今は私の秘密基地なんですけどね。そこに連れて行っていたんです」


「へえ。秘密基地ねえ。ガキの頃って基地って作るよな。ちょっとでも隙間があれば」


「でしょ?でしょ?私のはちょっとしたもんですよ!」


香織は自慢げに顎を上げた。


「今度、陽一さんにも見せて上げますよ。私の秘密基地」


「そりゃ、楽しみだ」


陽一はフッと笑うと、もう一度香織の頭を撫でた。



                    ☆



陽一のマンションに着くと、


「運転お疲れ様でした。コーヒーでも淹れましょうか?」


と香織が聞いてきた。

陽一は頷くと、ソファに座った。


香織がコーヒーを持って戻ってくると、


「お前の実家って、秘密基地はどこにでも作れそうだな。納屋の裏とか、竹林の中とか」


陽一は原田の家を思い出すように言うと、香織からコーヒーを受け取った。


「ふふ、そうでしょう?ちなみに私の基地は納屋の裏ですよ」


香織は自慢げに言うと、コーヒーを一口飲んだ。


「お母さまとお話してて、私もいろいろ思い出しましたよ。小さい時の事」


香織はマグカップを両手に抱えて、ちょっと遠い目をした。


「最初はお母さんと二人の秘密基地だったんですよ。そこに宝物とか隠してたりして。綺麗な石とか、貝殻とか。その時はその小屋もボロボロで汚くて・・・」


「・・・」


「両親が亡くなってから、一人でその基地に籠ることが多くなって・・・。そしたらおじいちゃんが古くて危ないからって、屋根を綺麗にしてくれて、おばあちゃんも定期的にゴザを代えてくれて、快適になっちゃったんです」


香織が顔を上げて笑った。


「その上、天井には近所のお兄ちゃんだか、誰だかか懐中電灯をつけてくれて、普通の部屋みたいになりましたよ」


「へえ」


「懐中電灯を付けてくれたお兄ちゃんが、イマイチ思い出せないんですけどね・・・。秘密基地に連れて行ったくらいだから、親しい人なんだと思うんだけど」


「ふーん。ま、お前の記憶力はその程度ってことだな」


「あ?」


香織は自分の美しい思い出話に水を差されたようで、ムッと陽一を睨みつけた。

陽一はニヤッと意地悪そうに笑うと、香織からマグカップを取り上げた。


「ちょ、ちょっと」


カップに手を伸ばす香織を無視して、テーブルに置くと、香織の顔を覗き込んだ。

次に起こることに気付いている香織の顔は赤い。

陽一は香織を抱き上げると、自分の膝の上に座らせた。


「う~~」


香織は真っ赤になって俯いた。


「なに?嫌?」


陽一は香織の髪を優しく耳にかけた。

露わになった耳は真っ赤だ。


「嫌じゃないですけど・・・」


「ふーん」


陽一はニッと口角を上げると、カリっと香織の耳に噛り付いた。

香織の肩がビクッと跳ねる。

陽一はその反応に満足して、今度は優しく唇を重ねた。

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