<54> 再びお持ち帰り

食事が終わり、帰りの車の中で、香織は買ってもらったクリームいっぱいのアイスのカフェモカを不貞腐れたように飲んでいた。


食事中も、気まずさと気恥ずかしさからくる緊張を誤魔化すように、ずっと映画の事で不貞腐れたふりをしていた。

陽一に至っては、全くいつものペースだ。

気まずさなんて一ミクロンも感じていないようだ。


(それにしても、何でまた元に戻っちゃったの?)


そう不思議に思うも、緊張から、そんな一番肝心なことが聞けない。

陽一が振ってくる話に、憎まれ口で返答するのが精いっぱいだった。


そんないつまでも膨れっ面の香織に、陽一は子供をあやすかのように甘いドリンクを買ってくれたのだ。


「そろそろ機嫌直った?」


陽一は運転しながら可笑しそうに聞いてきた。

自分が買い与えたカフェモカを素直に飲んでいる香織に満足そうだ。


香織は横目で陽一を睨みつけると、プイっと顔を背けた。

そして外の景色を眺めながら、


「直るわけないじゃないですか、あんな映像見せられて。夜、怖くって寝れないですよ、どうしてくれるんですか!」


香織はそう言うと、ストローでズズズッーとわざと音を立ててカフェモカを飲み干した。


「あー、それなら大丈夫。今夜は寝かせる気ないから」


「!?」


香織は飲み干したモカが喉に引っ掛かり、ゲホゲホっと咽た。


「何?お前、このまま帰れると思ってるの?」


香織は口元を押さえて、瞬きしながら陽一を見た。


「な、な、何言ってるんですか!」


「何って、今日はお前を帰すつもりは無いって言ってるんだよ」


「はあ?!」


陽一はチラッと香織を見た。

その意地悪そうな笑みに、香織はカーっと顔が赤くなった。

だが、すぐに慌てて、


「ちょ、ちょっと!ホント、何考えてるんですか!勘弁してくださいよ!ちょっと!車停めて!!」


と叫んで、陽一を睨みつけた。

心臓が破裂せんばかりにバクバクしている。


「お断り」


陽一は澄ました顔でアクセルを踏み込んで、スピードを上げた。

香織の抗議も空しく、陽一のマンションの駐車場まで車が停まることはなかった。



                 ☆



(ま、まずくない?この状況・・・)


駐車場に車を停めてエンジンを切った陽一の方を、香織は見ることができない。

胸の前でバッグを抱えて、混乱する頭を必死に整理した。


(どう回避する?ダッシュで逃げ切れる?駐車場の出口ってどっち?)


さりげなく駐車場内を見回し、非常口のマークを探す。

だが、その間に陽一はサッサと車を降りて、助手席側に回ってきてしまった。


(ヤバい!)


香織は固まった。

陽一は助手席のドアを開けると、


「ほら」


と手を差し出した。

香織は降りようとはせずに、バッグを握り締めた。

そして、困ったように陽一を見上げた。

陽一は、ふっと笑うと、


「そんな可愛い顔してもダメだ。早く降りろ」


そう言うと、シートベルトを外し、香織を車から降ろした。


「で、でも、私、帰らないと・・・」


香織は陽一の手から逃れようと、必死に身をよじった。

しかし、陽一はそのまま香織を壁に追いやった。


「相変わらず往生際が悪いな。もう諦めろよ」


そう言って香織に覆いかぶさるように両手を壁に付いた。


「お前だって、俺のこと好きなんだから、何の問題もないだろ?あんなに熱い告白をしてくれちゃって」


「は?何のことですか?」


「『陽一さんのこと大好き』らしいじゃん?そう言ってたけど?」


「はあ?誰がそんなこと言ったんですか?私、言ってませんよ、そんなこと!」


「ま、相当酔ってたもんな」


「???」


陽一はパニックになっている香織の顔を覗き込むと、


「ここ最近で、記憶を無くすまで飲んだのはいつだ?」


「え?」


「お袋ん家までお前を送ったのって、俺なんだけど」


「!!!」


香織は体中の血液がサーっと音を立てて引いて行くのが分かった。


「その時言ったんだよ、この俺にね」


「うそ・・・」


「しかも唇まで奪われちゃったんだけど、何度も。俺の理性がもったことを褒めてほしいよ、まったく」


「うそ!うそ!私の記憶がないからって、勝手なこと言ってるでしょ?」


香織は陽一の言葉に再び顔が熱くなった。

真っ赤になりながら、陽一の胸を押し返したが、陽一はビクともしない。

笑いながら香織を見下ろしている。


「あー、今回は証人がいるぜ。二人きりじゃなかったからな」


「え・・・?ま、まさか・・・」


香織は再び血の気が引いた。

茹でだこのような真っ赤な顔から、一気に真っ白な顔になっていった。


「そ、お袋」


香織は膝から崩れ落ちるように、その場にへたり込んだ。

そして、陽一の足元に蹲るように体を丸めて頭を抱えた。


(な、なんてこと・・・!どうしよう・・・?どうしたらいい・・・?)


陽一は呆れたようにため息を付くと、自分もしゃがんで香織の頭を撫でた。


「きっと、お袋も諦めたって、あれを見れば。だから、お前も諦めて認めろ。俺に落ちたって」


「う・・・、でも・・・」


「でも、なんだよ?」


「・・・私は陽一さんに相応しくないです・・・。全然釣り合ってないもん・・・」


はあ~~と陽一は深く溜息を付くと、蹲っている香織を優しく立たせた。

そして両肩に手を乗せると、香織の顔を覗き込んだ。


「釣り合ってる釣り合ってないって、誰が決めるんだ?もし、それを俺が決めるんだったら、お前は十分釣り合ってると思うけど?」


「・・・でも、きっとすぐ飽きちゃいますよ・・・。私なんて・・・」


「あー、またそれね?すぐ捨てるって?」


陽一はふっと笑うと、香織の額にチュッとキスをした。


「ここまでしてやっと手に入れた女をそう簡単に手放すかよ。無駄な心配するな」


「・・・陽一さんって、私のこと好きだったんですか・・・?」


「・・・あのなあ、今更それを聞くか?」


「だって・・・」


香織は俯いた。

どうしても信じ切れない自分がいる。

言葉で何も言われたことがない。

本当に自分のことをどう思っているのか、ちゃんと言葉で聞きたい。


「俺も暇じゃないんだ。惚れた女以外にこんなに時間を割くかよ」


それを聞いて香織は自分から陽一の胸に顔を埋めた。


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