<46> 罪悪感と思い出
土曜日の夕方。
綾子は目の前に置かれたかき氷に固まっていた。
大きなかき氷の山に、果物の果肉たっぷりの重厚感溢れる重たそうなシロップが覆い被さり、その上には更にクリームと果物が、トドメとばかりに乗っかっている。
この物体は何だ?
もはや、自分が知っているかき氷ではない。
しかも、今はもう9月。かき氷って夏の食べ物ではなかったか?
向かいには、嬉しそうにかき氷をパシャパシャ写真に収める香織がいる。
「・・・今のかき氷ってすごいのね・・・。知らなかったわ・・・」
「そうなんですよ!毎年進化してるんですよ!今となっては通年の食べ物ですから」
マジマジとかき氷を見ながら呟く綾子に、香織は楽しそうに答えた。
「ここも人気店なんですよ!雑誌で知って、ずっと来たかったんです」
今回の会合も香織から提案したものだった。
改めて、ミッションを無事に終えたことの報告と、今までお世話になったお礼を兼ねて、綾子を誘ったのだ。
「今までお世話になったお礼です。今度こそ私に奢らせてください」
「そう、ありがとう。じゃあ、遠慮なくご馳走になるわ」
綾子は一口食べて、見た目だけではなく、味まで自分知っているかき氷ではないことに、改めてホーっとため息を付いた。
濃厚なシロップはほぼ果実。氷はジャリジャリではなくフワフワ。
甘いクリームと練乳も一緒になって、口の中で解けていく感じが堪らない。
綾子は香織を見た。
香織も幸せそうに手で頬を押さえている。
そして、周りを見た。
そこには、やはり、以前見た時と同じように母娘の姿がある。
楽しそうにおしゃべりし、お互いのかき氷を一口ずつ分け合ったりしている。
(香世子ちゃんが生きていたら、今頃、こうして母娘として楽しんでいたのでしょうに・・・)
香世子の代わりに、香織の前にいるのが自分であることに、気の毒さと罪悪感が入り混じった気持ちになった。
「・・・あなたのも一口頂いていいかしら?」
綾子は香織に聞いた。
綾子のかき氷は苺。香織のはマンゴーだ。
綾子のお願いに、香織は驚いて瞬きした。
だがすぐに、綾子の方に自分のかき氷を近づけた。
「どうぞ!どうぞ!めちゃめちゃ濃厚ですよ!」
「私の苺もどうぞ。こっちも美味しいわよ」
「わあ~!やった!ありがとうございます!」
喜ぶ香織の顔に、綾子は自然と頬が緩んだ。
香織が、自分のかき氷を食べるのを見届けてから、マンゴーのかき氷を少しだけすくって、そっと口にした。
偽物でもいい。一つでも香織に母娘のような思い出を上げることができたら・・・。
(そうしたら、この罪悪感は消えるかしら・・・)
香世子を差し置いて、香織の前に入る自分への罪悪感。
そして何より、陽一と香織の間を引き裂いたことへの罪悪感だ。
綾子は、香織が陽一に惹かれていることくらい、とうに気が付いていた。
陽一に惹かれながらも、その気持ちに気付く前の自分との約束を優先に守ろうとする、律儀な香織に付け入ったのだ。
「苺もめっちゃ美味しいですね!」
綾子は、うっとりとほほ笑む香織の顔を、目を細めて見つめた。
☆
店を出ると、香織は改めて綾子の前で頭を下げた。
「本当に今までお世話になりました。ありがとうございました」
綾子は頭を下げる香織を黙って見つめた。
「あなた、まだ時間ある?」
「え?」
「お夕食を一緒にどうかしら?」
香織は瞬きした。
「今度は私があなたにお礼とお詫びをするわ」
「ええ?な、何で?お礼をされるようなことも、お詫びをされるようなこともないじゃないですか?」
香織は驚いて両手を胸の前で振った。
「お詫びは息子の非礼よ。そして、お礼は・・・、こうしたカフェに連れてきてくれたことね。こういう可愛らしいお店に入ったことが無かったから、楽しかったわ」
「・・・でも」
「それに、もう会うこともないのだから、最後にご馳走させてちょうだい」
「・・・」
『会うこともない』という言葉に、香織は胸が詰まった。
さっきもそのつもりで自分から別れの挨拶を言ったのに、はっきり言葉にされると、途方もなく切なくなる。
「では、是非!」
香織はそんな寂しさを振り払うように、元気よく答えた。
「嬉しいです!何を食べます?」
「あなたが決めていいのよ。ご馳走するのだから。洋食がいい?和食がいい?」
「じゃあ、お寿司!お寿司がいいです!回ってないお寿司!」
「・・・回ってない?」
「はいっ!!」
「ああ、もしかして回転寿司のこと?・・・私はそれに行ったことがないわ・・・。試しに行ってみたいわね」
「ええ~~」
盛大にがっかりする香織に、綾子は思わず噴き出した。
「嘘よ。じゃあ、『回っていない』お寿司を食べに行きましょう」
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