<33> 捕獲
「こんにちは。陽一君。今日はお招き、ありがとう」
「こちらこそ、祖父の為に、わざわざ来てくれてありがとう」
二人は知り合いのようだ。
男性は陽一に挨拶すると、
「ああ、陽一君の連れだったんだね、君」
にっこりと香織に微笑んだ。
「悪いけど、ちょっと連れていくから」
陽一は香織から皿を取り上げてテーブルに置くと、香織の手を引いて歩き出した。
香織は引きずられながらも、後ろを振り向いて、男性に会釈をした。
「お知り合いですか?あの人」
「・・・だったら?」
「いや・・・、優しそうな人ですね。でも・・・」
「でも?」
「軽そうな人ですね」
「・・・」
「あ、すいません!何でもないです!」
香織は思わず本音を口走ってしまい、慌てて謝った。
知合いに対して、なんて失礼なことを!
そう反省しつつも、あの場から離れられて良かったと、ホーっと溜息を付いた。
「ったく、こういう場には、ああいう輩が多いんだ。簡単に捕まってるなよ」
「ああいう輩って、ナンパ男ですか?」
「そ」
「へえ~」
そうだよね。それなりに出会いの場だよね、パーティーだもん。
妙に納得しながら歩いていると、ふと自分の左手に目がいった。
その手は陽一にしっかりと繋がれている・・・。
「・・・」
「・・・」
「!!!」
香織は慌てて手を引いた。
だが、全く陽一の手は離れない。
ガッチリと握られている。
「・・・つ、捕まった!」
こっちに捕まっちゃダメだったのに!
これだったら、さっきのナンパ男に捕まったままの方が良かったじゃないか!
「気付くの遅いって」
陽一は意地悪く笑うと、ぐっと香織を引き寄せた。
(わ~ん!ごめんなさい!お母様~!)
香織は周りを見渡すも、綾子の姿が見当たらない。
やっと見つけると、遠くの方で数人のお客の相手をしている。
とても忙しそうだ。
綾子の方を縋るように見ていた香織は、陽一が突然立ち止まったので、転びそうになった。
慌てて前を見ると、そこには一人の老人の姿が・・・。
(か、か、会長!)
香織は思わず、陽一の後ろにしがみ付くように隠れた。
「あ、陽一か。丁度いいところに来た」
会長は、陽一に気が付くと、にこやかに声を掛けてきた。
その会長の傍には、ロマンスグレーの紳士と、その娘と思われる美しく着飾った女性が立っていた。
「良かった、良かった。お前に紹介したいと思っていたんだよ。こちらは佐々木さんのお嬢さん」
会長がそう紹介すると、佐々木と呼ばれた紳士が、にこにこと陽一に向かって近づいてきた。
「陽一君。お久しぶりだね!」
「お久しぶりです。佐々木さん。本日は祖父の為に、ありがとうございます」
陽一は礼儀正しく挨拶すると、
「丁度良かった、おじいさん。俺も紹介したい人がいるんだよ」
そう言うと、後ろに隠れていた香織を前に引っ張り、無理やり肩を抱いた。
「俺が今交際している原田香織さん。折角だから、今日紹介しようと思って」
(うそ!?)
香織はカチーンと固まった。
「・・・ああ!陽一君、恋人がいるのかぁ!」
突然、目の前で優しく女性の肩を抱いた陽一を見て、佐々木と呼ばれた紳士は、慌てて一歩下がった。
「これは、これは、可愛らしいお嬢さんですね」
佐々木は愛想笑いを浮かべ、そう言うと、会長を見た。
「ねえ?佐田会長」
佐々木に話を振られるも、会長は渋い顔で陽一と香織を見た。
その渋すぎる視線に耐えきれず、香織は、
「いいえ!あの、私はっ」
と言いながら、陽一の腕から逃れようと身をよじった。
すると陽一は、ふっと香織の顔を覗き込んだかと思うと、顎を持ち上げ、
「あれ?お前、口に生クリーム付いてるぞ」
と言うと、親指で香織の口の端を拭った。
そして、あろうことか、その親指をペロッと舐めた。
その仕草に、佐々木も佐々木の娘も唖然としている。
会長に至っては目を大きく見開いて、今にも飛び出しそうだ。
(付いてない!付いてない!クリームなんて絶対付いてない!)
香織はもう涙目で真っ赤になって陽一を睨みつけた。
「これはこれは、仲がいいね!ご馳走様!若いっていいね!」
佐々木は両手を上げて振りながら、にこやかに笑った。
「ありがとうございます」
陽一も爽やかに返事を返すと、
「じゃ、おじいさん、また後で」
と言い、香織を引きずってその場から離れた。
「何考えてるんですか!会長に紹介するなんて!私、まだ落ちてないですよ!」
少し離れたところで、香織は陽一に抗議した。
「外から固めるタイプなんで」
陽一は悪びれずにそう言うと、ニッと笑った。
「ま、それにもう半分以上は落ちてるだろ?」
「そんなことない・・・むぐっ・・・」
抗議する香織の口に、小さなタルトが押し込められた。
苺とカスタードクリームのハーモニーが口の中に広がる。
香織は陽一を睨みながらも、素直にもぐもぐ口を動かした。
「今度はホントにクリームが付いた」
陽一はそう言って、香織の口元を親指で拭うと、またペロッとその指先を舐めた。
「!!」
「なんだよ?直に舐めなかっただけでもいいだろ?」
「!!!」
陽一は、真っ赤な顔の香織を余裕な顔で見下ろしている。
いつもの意地悪っぽい笑いを浮かべながら。
そして、皿に幾つかケーキを乗せると、香織に差し出した。
「ほら、お詫びにどうぞ」
(う~~~)
香織は精一杯陽一を睨むも、顔は真っ赤で全然迫力は無い。
それを自分でも自覚しながら、皿を受け取った。
☆
綾子は香織を遠ざけた後、立て続けに客の対応に追われた。
ホスト側の嫁だ。当然忙しい。
それだけじゃない。
美しい未亡人である綾子会いたさに来ている客もいるのだ。
特にそんな客を相手にしていると、時間が掛かる。
来る客来る客相手にしているうち、どんどん陽一から離れてしまった。
やっと落ち着いたときには、もう既に、陽一が祖父に香織を紹介した後だった。
遠くから香織が陽一に引きずられ、祖父に紹介されている様を見て、綾子は脱力してしまった。
(はあ~、あのバカ息子・・・)
自分の息子への怒りと、香織のドンくささへの苛立ちと、自分の対応の遅さへの後悔に、綾子は盛大に溜息を付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます