第四回:東『陰キャくんの、ネチネチ大学《キャンパス》ライフ』(2)



―――― 文体 ――――


▼ 作者に聞け  なるほど。エンディングの話はもう一度戻ってくるとして、まず東さんの文体について、いくつかお尋ねします。


● 東  はい。


▼ 作  一見すると、主人公/語り手のリオは、ごく淡々と出来事を語っているように見えます。でも、その出来事に対して、彼の視点からのツッコミというか、意見や感想がサラッと、なんとも絶妙なしかたでのせられていくんですよね。


 プロローグから、ちょっと例を引いてみます。


 これは、ケンジが発案したサークル結成の相談をしている場面です。リオは、ケンジの提案にそれほど乗り気ではないんだけど、このままだと地味なキャンパスライフになってしまうのを、とても恐れている。


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「2人ともサークルに入る予定とかは?」

「ない」


 カナトは即座に答えた。

 ぼくも「ない」と続いた。


 頭数に含まれていることは引っ掛かったが、これが最後の砦であることは、なんとなく感じる。

 これを逃せば、俺の4年間は、キャンパスの隅で意味もなくスマホをスクロールし続ける日々になる。

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 最後の文は、リオのイメージする「イケてないキャンパスライフ」そのものです。さりげない書き方ですが、情景が目に浮かんできますよね。そして、リオがどんなことを恐れているのかが、ありありと伝わってくる。


 こういう会話文にからめた状況描写が、とても印象的でした。東さんは、こういうところ、特に意識されていますか?


● 東  そうですね。このあたりの意識というか意図というか、色々お話したいことはあって。


▼ 作  はい、ぜひお願いします。


● 東  例えば、「頭数に含まれていることは」のようなさりげなさは、伊坂幸太郎の文体を参考にしています。


▼ 作  なるほど。


● 東  また、ご指摘頂いた「スマホをスクロール」の箇所は、森見登美彦からの影響です。


▼ 作  短いなかにも、いろいろな影響が詰め込まれているんですね。


● 東  そうですね。文章は基本的に作家を手本にしています。基礎といえば基礎ですが……。


▼ 作  そういった作家たちを意識しながら、ご自分の文体を作っていっているというところでしょうか。


● 東  まだまだ未完ではありますが、方向性はある程度定まっていますね。


▼ 作  とてもはっきりした個性のある文章だと感じていました。


● 東  先に挙げた伊坂幸太郎と森見登美彦の他に、村上春樹と宇佐見りんの文体を真似ています。本作の場合だと、伊坂幸太郎の特徴的な句読点の打ち方は、愚直に真似しました。


▼ 作  そこまでとは気づきませんでした。



―――― 起承転結 ――――


▼ 作  さて、文体や影響をうけた作家の話になりましたが、書き手としては、いろいろ聞きたい話もあるのではないかと思います。参加している「つどい」メンバーから、質問はないでしょうか。


▼ 作  私の読んだ印象ですと、終盤の展開を省いてみると、かなり長い〈承〉が続いているように見えます。これは意図してやってらっしゃったんでしょうか?


▼ 作  〈転〉からが速いんですね。


● 東  これはちょっと上手くまとめられなかった部分ですね。起承転結でいう〈承〉の部分では、後に伏線にできそうな事柄を散りばめているんですよね。逆に〈転〉になると、結末へ向けて収束させなければいけない。


▼ 作 うんうん。


● 東  イメージ的にはワームホール的なものですかね。どんなに〈承〉を膨らませても結末はひとつなので、膨らませよう膨らませようとして書いた〈承〉と収束させようとする〈転〉では、落差が大きくなってしまいます。先に述べた通り、〈結〉は最初に決めていたのも手伝って、そのあたりは、あらかじめ場面を決めていなかった弊害です。


▼ 作  そのあたりのバランスには、やや不満がある?


● 東  そうですね。結構悔いが残ります。


▼ 作  なるほど。


● 東  元々は、動画サークルをメインにしようとも思ってなかったんですよね。


▼ 作  衝撃の事実(笑)。


▼ 作  それは感じました(笑)。


▼ 作  え、そうなの?


▼ 作  急に出張ってきてるなって思いましたね。


● 東   動画サークルは、あくまで仲間を決める最初の仕掛けに過ぎなくて、色々な出来事を絡ませようと思ってました。


▼ 作  なるほど。


● 東  最終的に動画サークルの存在感が膨れ上がったのと、リオ(李央)の隣にはリオ(莉緒)がいたので、「動画サークルでの成功=リオの期待が叶う」という構図へのシフトチェンジが、どんなもんかなとは思っていました。


▼ 作  「リオの期待が叶う」?


● 東  つまり、「キャンパスライフへの漠然とした期待」というのは、具体的に彼に何をしたいかが定まっているわけではなくて、リオを満たす何かがないといけない。


▼ 作  はい、そうですね。


● 東  その何かが、具体的な目標でないが故に、リオの期待が満たされたという目安がなかったのですね。ざっくばらんに言うと、「動画サークル入って何するの?」っていう感じで、しかもサークルでどうこうするより先に彼女できちゃうし……(笑)。


▼ 作  そうでしたね(笑)。



―――― 主人公の性格づけとストーリー ――――


▼ 作  ただ、さきほどお話に出てきた〈承〉から〈転〉へという、プロットを引っ張る原動力、リオの性格による部分が大きいように感じたんです。


 どういうことかというと、「陰キャ」と認定されることを恐れるリオは、自分の中にこれという強い行動の動機がないこと、たとえば、地道に動画編集のスキルを上げていくカナトのような信念や努力がないことを、彼なりによく自覚している。


 自分の中の、どこか空虚な部分を見透かされたくなくて、また、そういう自分を否定したくて、おそらく彼には本来向いていないような行動、やってはいけない行動に駆りたてられていってしまう。


 最後はミナガワ先輩の活躍でなんとか収拾つきましたけど、リオたち、場合によっては、動画サークルが破滅しててもおかしくない展開でしたよね。


● 東  なんならマジで痛い目見させてやろうかとさえ思ってましたね(笑)


▼ 作  ある意味、リオは、サークルをつぶしかねないような方向で動いていたようにも見える。なので、リオの望む漠然としたキャンパスライフとサークル活動って、微妙にズレているし、最後までそこは完全につながってないんじゃないかっていう気もしたんです。


 すこし話が広がりすぎたかもしれませんね。


● 東  いえいえ。



―――― 現実世界との関係 ――――


▼ 作  ちょっと別の角度からの質問になるんですが、リオ、ケンジ、カナトが知り合うのは、金曜日の心理学の授業でしたね。


● 東  そうですね。


▼ 作  四月五日だってことになっているんですが、この設定は意図的なものですか?


● 東  意図的ですね。二〇一九年四月に設定しています。


▼ 作  そうなんですよね。四月五日が金曜日になるのは、二〇一三年、二〇一九年、二〇二四年。


● 東  バレてる(笑)。


▼ 作  つまり、順調に進級してれば、リオたちは、今(二〇二二年三月)三年生が終わる学年ですよね。


● 東  そうなりますね。


▼ 作  ここで登場人物と作者の関係を詮索するのは、芸がないと思うので、やめておきますが(笑)、二〇一九年といえば、翌年の春は、新型コロナウィルスの影響で新学期の授業が大幅に遅れたり、オンラインに切り替わった年度ですよね。


● 東  ですね。


▼ 作  リオたちは、ある意味、典型的な「キャンパスライフ」をまっとうできた、コロナ前最後の世代ということになります。


● 東  はい。


▼ 作  ここには、なにか意図があるんでしょうか? 特に、エンディングとの関係が気になるところです。


● 東  うーん、正直言うと、コロナを避けたかったというだけですね。


▼ 作  なるほど。


● 東  たしかに次年度からコロナによって生活が変わってしまう……という現実的な問題はありますし。それを描くのも面白そうに思います。


▼ 作  積極的というより、むしろ消極的な理由ということですか?


● 東  そうですね。


▼ 作  なるほど。



(3)に続く

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