白波様
店長、万里、ダニエル、俺の四人は濡れた足元に気を付けながら穴の中へと入った。
月明りは入口ほんの数メートルしか届かない。俺は懐中電灯で前方や皆の足元を照らしつつ進んでいく。
すぐに行き止まりになり、井戸のようなものがあった。
しかし井戸じゃないのは明白。
めちゃくちゃホラー映画っぽい。これ、降りたら二度と上がって来れなくなりそうだ……。
「ここ、降りるんですか?」
「もちろん」
店長は慎重に梯子に手をかけ、ゆっくりと降りていく。
万里とダニエルも続いた。
最後の俺は懐中電灯を口に
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
「うわ……なんだ、ここ」
思わずあげた声は広い空間に吸い込まれていく。
壁はごつごつした岩で、まるで洞窟だ。
海水が流れ込んでいるのか、くるぶし辺りまで水に浸かってしまう。
「水が動いてる、波があるね。あぁ、あそこで外の海と繋がってるのか……」
店長の言葉と共に少しずつ目が慣れてくる……前方に月明りが入り込んでいる場所があった。壁に大きな亀裂があり、海水が入ってきている。満ち潮になったらこの空間自体が沈んでしまいそうだ。
俺たちは水音をたてながら少しずつ前へと進んだ。
懐中電灯と月明りで周囲の様子はなんとか把握できるが、はっきりとは分からない。
俺の隣で万里が呟いた。
「くさい……」
ダニエルの声が続く。
「水が腐ったみたいな……。白波様だけじゃない、白波様の祟りで亡くなった人たちの霊がたくさん彷徨って……いや、閉じ込められていますね」
俺は軽く空気を吸い込んだ。特に気になる臭いは感じない……ってことは、臭いは霊現象だな。
店長の足が止まった。
「なるほど、そういうことか……都築くんがいてくれて良かった。僕らだけじゃ祠に近づくこともできなかっただろうね。白波様は、『祟り神』だ」
「たたりがみ?」
問い返すと、店長が前方を睨んでいる。
俺は慌ててそちらを懐中電灯で照らした。何かあるのかもしれないが遠すぎて光が届かない。
「昔からよく使われる手段だよ。祓えないほど強く凶悪な霊は、神として祀ってしまう。そうすることで、災厄……祟りを回避する、古来からの知恵だ。しっかりと祀っている間は強力な守護神だけど、粗末にしたり、ないがしろにすると――……」
「ぐっ、……かは、……っ、……」
急にダニエルが苦し気な声をあげて崩れ落ちた。バシャンッという水音と共に膝をつく。
「ダニエルっ!!」
万里の声が響く。
店長が何かを避けるように素早く横へ動いて印を結んだ。
「すごい数だ。万里くん、一馬、来るよっ!」
「うん……!」
万里はダニエルを気にしつつも、店長の方へ走り出した。
店長と万里の呪文が洞窟内に反響する。
白波様の祟りに加え、閉じ込められているという霊たちも襲いかかってきてるのか……。
店長が除霊する時の定番の呪文が何度も聞こえる。
俺はダニエルに駆け寄って助け起こし、息を呑んだ。
ダニエルの口から胸元にかけて真っ赤に染まっている。
吐血っ!?
「ダニエルっ、大丈夫かっ!?」
「問題ありませんっ!」
ダニエルは驚くほどはっきりした声で応え、口元の血を腕でグイッと拭ってキッと顔を上げた。
「都築さん、パトラッシュをお借りします!」
「えっ!?」
気の弱そうなおどおどした雰囲気は嘘のように消え、ダニエルは落ち着いた仕草でしっかりと立ち上がった。
今まで、どの能力者からも聞いたことのない不思議な言語の呪文を唱えながら、ダニエルは両手を上にかざして走り出した。
「パトラッシュ、こっちへ! 万里くんのサポートするよ!」
えぇぇぇええええ~っ!?
パトラッシュが、俺以外の指示を聞いてるっ!?
「ネクロマンシーっ!?」
店長の驚きの声が響いた。
良く分からないが、とにかく俺は俺の仕事をしなくては!!
三人の呪文が響く中、俺は懐中電灯の光を頼りに祠を探す。
「あった!!」
俺の身長と同じくらいの小さな祠が、光に照らし出された。
バシャバシャと水を跳ね上げながら駆け寄り、懐中電灯を咥えて背中のリュックを下ろす。
急いで祀り箱を取り出した。
左手に箱を抱え、右手を祠の中へと突っ込む。
本当はもっと敬意とか持ってうやうやしくするべきなんだろうが、背後で繰り広げられてる戦いに気持ちが
指先に触れた何かをガシッと掴み、引っ張り出した。
それは、人間の頭蓋骨だった。
そのまま頭蓋骨を祀り箱に突っ込み、蓋をする。
「店長っ!!」
「都築くん、こっちへ!」
箱を抱えて店長の方へと走る。
店長は何やら呪文を唱えながら取り出した護符を箱の蓋へと貼り付けた。
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「これで、白波様の祟りは鎮められたんですか?」
静かになった洞窟内に俺の声がやけに大きく響いた。
店長は荒い息を整えながら、何やら長い数珠のような物で箱をグルグル巻きにしている。見たことないアイテムだが、いかにも「封印」って感じだ。
「はぁ、はぁ……っ、……いや、まだだよ。これを持ち帰って、うちできちんと対応する。適当に鎮めるんじゃなく、しっかりと祀って、できれば浄化する」
「なるほど……じゃあ、俺が持って帰りますね」
俺は店長から祀り箱を受け取り、再びリュックにしまった。
リュックを背負った俺を見て、店長が苦笑する。
「それをそうやって普通に持ち運べるあたり……本当に君は、……未知の生物だよ」
「人をUMAみたく言わないで下さいっ」
店長の口調からとりあえず危機が去ったのを感じ、俺はホッとして周囲を見回した。
暗い中、座り込んでいる影を見つけて近づくと金髪が揺れた。
「ダニエル、大丈夫か?」
「はい……なんとか」
戦いの最中に痛めたのか、店長が右足を引きずりながらダニエルの傍へと近づいた。
「驚いたよ、ダニエル……まさかネクロマンサーだったなんて」
「えっ!? ち、違いますっ! 僕は仲良しの動物霊しか言うこときいてもらえないんです。それに、上手く力の制御ができなくて、手伝ってもらったら霊はみんな疲れ果てて、二、三日は動けなくなっちゃうんです……とてもじゃないけど、ネクロマンサーなんかじゃありません……っ!」
マジか……それじゃ今、パトラッシュはバテバテってことだな。
お疲れ、パトラッシュ!
ダニエルはネクロマンサーだというのを思いっきり否定してるが、店長は感心したようにダニエルを見つめている。
「うぅん、他の人間と契約中の動物霊……しかも犬神を操れるなんて、僕の理解を超えてる。本当に、都築くんといいダニエルといい、この世はまだまだ不思議なことがいっぱいだね」
楽しそうに笑う店長の笑顔が、この世で一番ミステリアスに見えるが……。
「あ、それより万里は? おーい、万里ー! どこだー?」
俺はキョロキョロ辺りを見回した。
暗くて遠くまでは良く見えない。
その辺でへばってんじゃないだろな……。
しかし、店長とダニエルはキョトンと不思議そうな顔をしている。
「都築くん?」
「どうしたんですか? 都築さん」
「なにが?」
ダニエルが自分のすぐ横……誰もいない空間を指さした。
「万里くんならここに――……っ、……」
言いかけて、ダニエルはさっと青ざめた。
店長も顔色を変え、ザッと距離を取って構える。
「都築くんに見えないってことは、その万里くんはニセモノだ!」
「えぇえぇぇえええ~っ!?」
俺には見えない万里が、そこに居るのかっ!?
店長がそちらへ向かって印を結び、呪文を唱える。
ダニエルは慌ててキョロキョロ辺りを見回して叫ぶ。
「万里くんっ! 万里くん、どこっ!? 万里くんっ!!」
あまりに必死なダニエルの様子から、万里が大変なことになっているのだと直感し、俺も万里の姿を探して周囲に視線を走らせた。
その時――……バシャンッ!!
大きな水音がした。
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