夏祭り

「挨拶したい……」


 強請ねだるような万里の言葉に、千代ちゃんは悪戯っぽく微笑み、周囲に聞こえないよう声をひそめた。


「悪さするようなメンバーでもないし、特別に入れてあげる……こっち来て」


 他の人に見咎められないようにと、千代ちゃんは社務所の横の関係者だけが通れる木戸へと連れていってくれた。本殿の裏側へと続く通路になっているようだ。


「ありがとう」


 礼を言うと、千代ちゃんは「秘密よ」と可愛く笑い、社務所の方へ戻って行った。


 万里を先頭にダニエル、そして俺は、どんどん奥へと進んでいく。

 お祭りの喧騒は遠くなり外灯もないが、月明りが優しく足元を照らしてくれる。

 幻想的な空間に迷い込んだような感覚で御神木ごしんぼくにたどり着いた。


 万里は躊躇ちゅうちょすることなく、御神木の囲いを乗り越える。


「ば、万里っ!?」


 さすがに囲いの中に入るのは……と、止めようとしたが、万里は木の幹にそっと手を添えて瞳を閉じた。


「ただいま……元気そうで良かった」


 まるで仲良しの友人に久しぶりに会ったような万里の口調に、咎める言葉なんか消えてしまう。


 万里はいつの間に御神木とこんなに仲良くなってたんだ?

 特別編入の前、ムーンサイドの手伝いをしていた頃は、よく神社に散歩に来てたのは知ってたが……。

 俺の隣で、ダニエルがほぅっと小さく息を漏らした。


「すごい……こんなに力のある樹、初めて見ました。『神』としてまつられると、樹はこんな風になるんですね……」


 ダニエルはふらふらと、まるで吸い寄せられるように御神木へと近づき、万里の隣で木の幹に両手を添えた。まるで敬愛の仕草のように、額を樹の幹にあてる。


「…………」


 万里とダニエルのやってることが、ものすごく神聖に感じる。

 俺は邪魔しないよう静かに二人を見守った。

 イギリスでのことや、新しい友達のことを報告してるのかな……。

 万里はゆっくりと大きく息を吐いて御神木から離れた。


「万里、もういいのか?」


「うん、ちょっと……休憩してくる」


 万里は今ちょうど夢から醒めたばかりのように、どこかふわふわした足取りで少し離れたベンチへと向かい、腰を下ろした。

 少し遅れて、御神木に寄り添っていたダニエルが顔を上げる。


「ダニエル、大丈夫か?」


「はい……、とても強くて優しい樹ですね。それに、この神社の主とも仲良しみたいで……こんな方達がいらっしゃるなら、この土地はこれからも長く安泰ですね」


 微笑むダニエルの緑の瞳がやけに綺麗に光って見える。


「そ、そうなのか……うん、いいことだ」


 なんか分からんが俺は今、ものすごーくスピリチュアルな経験をしてる。ような気がする。

 ダニエルは「どこにでも居る、ごく普通の真面目な学生」というのが第一印象だったが、そうだよな……ダニエルだって魔術学校の生徒の一人なんだ。


「よし、挨拶もすんだことだし屋台を見て回ろうか! 万里、そろそろ――……っ?」


 ベンチで月を見上げている万里に声をかけようとしたが、ダニエルに服を掴まれて言葉が途切れた。


「ダニエル?」


「もう少し待ちましょう」


 ダニエルは万里をじっと見ている。


「???」


「万里くんは今、式神と一緒に月を見ています。寮でも時々夜中に抜け出して……あぁやって式神と一緒に月を眺めていました。なんだか邪魔しちゃいけないような気がして……」


「あぁ、そっか……」


 今は『万里と一馬の時間』なんだな……。


 俺はパトラッシュとあんな風に過ごしたことなどない。

 見えなくても、たまにはあぁやってパトラッシュとの時間を作るのも悪くないかも知れない……ぼんやり考えながら、俺も月を見上げた。


 しばらく無言でそれぞれ月を見上げていたが、俺はふと、ダニエルへと視線を落とした。


「ダニエルは、万里の式神のこと……その、事情とか知ってるのか?」


 ダニエルは月から万里へと視線を移し、小さく微笑んで首を振った。


「何も、聞いてません……。でも、万里くんにとってすごく大切な『人』なんだって……分かるから、それだけ分かれば充分でしょう?」


「ダニエル……」


 万里に友達が出来て良かった――……そしてそれがダニエルで、本当に良かった!

 俺は、ずっと心の奥に引っかかっていた何かが、すうっと消えたような気がした。


「都築さんとパトラッシュも、とっても仲良しなんですね。羨ましいくらい……」


「分かるのか?」


 ダニエルの眼鏡がキラリと光る。


「僕の実家はペットセメタリ―の管理をしています。そのせいか、僕は幼い頃から人間の友達より動物霊と遊ぶ方が多くて……だから、動物霊の気持ちはよく分かります。パトラッシュは都築さんのことが大好きみたいですよ」


「そう、なんだ……」


 ペットセメタリー。

 そんなホラー映画があったな、確か「ペットの霊園」って意味だ。


 子供の頃から亡くなった動物たちと交流してたのか……魔術学校ってとこは、本当に色んな奴が通うんだな。


「ダニエルも、パトラッシュと仲良くなれそうか?」


 俺の問いに、ダニエルは一瞬驚いたように目を瞬かせ、嬉しそうに笑った。


「はい……!」


 しばらくしてベンチから立ち上がった万里は、何事もなかったかのように俺たちの所へ戻って来た。


「お腹減った」


「よし、屋台の方へ行ってみよう! タコ焼き、かき氷、綿あめ、何でも買ってやるぞ!」


 店長の金で……と心の中で付け加え、俺は万里とダニエルと一緒に祭りで賑わう参道の方へと戻った。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




「お祭りはしっかり満喫できたようだね」


 マンションに戻った俺たちを見た店長は、軽く目を見開いてから、苦笑しつつ迎え入れてくれた。

 猫と狐のお面をそれぞれ頭にのせた万里とダニエルは、謎の光る輪っかを巻いた手にヨーヨーをぶら下げ、くじ引きや射的で手に入れた水鉄砲やヌイグルミを抱えている。


「とっても楽しかったです! 僕、巫女さんに握手してもらっちゃいました!」


「食べ過ぎた、お腹いっぱい……」


 ダニエルと万里からの報告に店長は、うんうんと笑顔で頷く。

 慣れない草履で少し赤くなった足で、二人は嬉しそうに玄関をあがってリビングへと向かう。


「それじゃ、俺は帰りますね」


 靴を脱がない俺に店長が不思議そうに問いかける。


「上がっていかないの? ジュースくらい出すよ」


「明日から別荘でしょう? 今夜のうちに着替えとか、簡単に荷物まとめときたいんで……それじゃ、失礼します」


 くるりと踵を返して廊下を歩き出そうとした俺の背中に、店長の声が追いかけてくる。


「都築くん、お祭り用に預けたお金……おつりは?」


「は……はははは、やだなぁ! ちゃんと返しますよ~!」


 俺は心の中で小さく舌打ちしながら笑顔で振り向き、財布を取り出した。

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