親子
少し遅れてやって来た千代ちゃんと百園さんのおかげで空気は一変した。
全員でブルーシートに丸く座り、真ん中に開かれた重箱の豪華な料理に歓声が上がる。
「さっすが尾張さん、とっても美味しそうね!」
重箱を覗き込んだ千代ちゃんは、にこにこ上機嫌だ。
百園さんが皆に取り皿と箸を配ってくれたので、俺はクーラーボックスから飲み物を取り出す。
「えーっと、アレクはジンジャーエール……千代ちゃんと万里はオレンジジュースで、百園さんは緑茶……それから、店長はビールっと……」
それぞれに確認しながら手渡していく。
この季節限定の桜がデザインされた缶ビールを差し出すと、店長は小さく「ありがとう」と言って受け取った。さっきは厳しく言い過ぎたと思ってるのか、ちょっとバツが悪そうだ。
全員が飲み物を手に乾杯の用意ができると、アレクが店長に笑顔で声をかける。
「今回は万里の送別会もかねてるし、尾張から一言挨拶してくれ」
「なんで僕が……」
なんて言いつつ、店長はまんざらでもなさそうだ。
短い間とはいえ、万里の世話焼いてしっかり「お母さん」してたもんな。
店長は小さく咳払いしてから口を開いた。
「今回の特別編入は、万里くんにとっていい経験になると思う。しっかり学んで、たっぷり楽しんでくるといい」
優しい言葉に、万里は素直に頷いた。
さっきお説教くらってた時とは大違いだ。
店長は続ける。
「もちろん嫌な奴もいるだろうし、苛められるかも知れない……呪詛をかける時には、バレないように陰陽系のものを使うこと」
……嫌なアドバイスだな。
「それから、これは僕からの宿題……一人でいいから、『人間の友達』を作っておいで」
ザァッと風が吹いて桜の花びらが舞った。
俺はハッとして万里を見た。
万里は少し驚いたように目を瞬かせて、持っていた缶ジュースに視線を落とし、小さく「うん」と答えた。
「それじゃ、乾杯しよう」
店長の言葉に、全員が飲み物を掲げる。
「かんぱーいっ!!」
皆の声が重なる。
万里の友人関係は俺もずっと気なっていた。
長い間休みがちだった万里は、高校に上手く馴染めないようだ。
学校では少し異質な存在なのかも知れない。
話の合う友人というのも、なかなか見つからないだろう。
宿題、頑張れよ……。
俺は心の中で密かにエールを送り、さっそく店長特製のジューシー唐揚げに箸を伸ばした。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
ひらひらと舞い落ちて来る桜の花びらはとっても綺麗だ。
木漏れ日はぽかぽかと優しく暖かく、店長の料理は今日もばつぐんに美味い。もりもり飲み食いしながら、俺たちは思いっきり盛り上がった。
千代ちゃんと百園さんが学校のオカルト研究部からモーレツに勧誘されて困っている件。
アレクが祓いの仕事で橘と鉢合わせし、二人で協力して雛人形の呪いを解いた話。
話題は尽きることなく、料理も飲み物もどんどん減っていく。
ふいに、俺の隣に座っていた万里が立ち上がった。
「万里?」
「食べ過ぎてお腹苦しい……ちょっと散歩してくる」
「あ、俺も行く。ちょうどトイレ行きたかったし」
ブルーシートの端で万里と一緒に靴を履く。
二人でトイレに行ってから、散歩コースをのんびり歩きだした。
隣を歩く万里に、ちらりと視線をやる。
少し身長が伸びたんじゃないかな……。
春風が万里の黒髪をふわりと揺らした。
「さっきの
ぽつりと呟くような万里の言葉に、俺はぎょっとした。
「お、おいっ! なに言ってんだよ、さっきあんだけ叱られたのに。危険なやつだったんだろ?」
「強いから『危険』って思われただけ。小さな子供の霊だよ、意地悪な感じもしなかったし、俺は怖くなかった」
ちょっと拗ねたような万里の横顔に、俺はどう声をかければいいのか分からない。
見えないし感じない俺には、判断しようがないのだ。
せめてパトラッシュの意見が聞けたらなぁ……。
「すごく強いって……普通の霊じゃなかったのか?」
「んっと……、尾張サンに追い払われたから、今は離れてるけど……普段はあの桜のとこに居るみたい……。桜ってすごく強い力を持ってるから、少しずつ力を分けてもらってるうちに強くなっちゃったんだと思う」
「へぇ~……」
桜って『強い』のか……。
確かに、不思議と惹きつけられる……魅力ある存在なのは確かだ。
「店長かアレクに頼んで、浄霊してもらうか?」
万里はまだ、力技で霊を消滅させてしまう『除霊』しかできないはず。
天国へと送る『浄霊』は、かなりテクニックが必要なんだとか……。
俺の提案に、万里はふるふると首を振った。
「あの子、『お母さんを探してる』って言ってた。……会わせてあげられないかな」
「え!? 会わせるって、どうやって?」
「あの子と一緒に『お母さん』を探す。『お母さん』が生きてたら、その姿を見せてあげたい。もし、もう『お母さん』が死んでたら、アッチで会えるからコッチで探し回る必要ないって教えてあげられる」
アッチって、天国の事だよな。
そんで、コッチがこの世……。
母親が生きていたら、会ってちゃんと「さよなら」をさせてやりたいって事か。
俺は店長が霊媒師について説明してくれたのを思い出す。
霊に共感して相談にのってやったりして、霊が自ら浄化されるように導く。そういう形で『祓い』を行うのが霊媒師なのだと……。
十和子さんのような霊媒師スタイルの浄霊なら、万里でもできるかもしれない。
「なるほどな……『お母さん』、探してみるか?」
店長に叱られそうな予感を追いやって問いかけると、万里は少し驚いたように俺を見た。
「いいの? 都築、また尾張サンに叱られるよ?」
俺は苦笑しつつ肩を竦める。
「一緒に叱られてやるよ……その代わり、無茶はしない。困ったことになりそうだったら、ちゃんと店長に相談する……いいな?」
「うん、分かった!」
嬉しそうに笑う万里の頭に、桜の花びらがふわりと舞い降りた。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
花見の片付けも終わり、店で洗い物を済ませると、もうすっかり夜になっていた。
昼間はぽかぽかだが、夜はまだ少し冷える。
いったんアパートに戻った俺は、春物の薄手の上着を羽織り、再び公園へと向かった。
外灯は点いているものの、公園は夜桜のライトアップはされていなかった。
当然、花見客の姿もない。
昼に来た時とは全く別の場所のような静けさ……月明りに照らされた桜の花がぼんやり光ってるように見えて幻想的だ。
「つづき~っ!」
こっちに向かって手を振っている人影に、俺も振り返しながら近づく。
「待ったか?」
「うん、暇だった」
「お前な……こういう時は、嘘でも『大丈夫、そんなに待ってない』って言うもんだぞ」
「そういうの、よく分かんない」
万里は拗ねたようにそっぽを向いた。
俺は改めて周囲を見回してみる。
「子供の霊ってのは、ここに戻って来てるのか?」
「うん、そこにいるよ」
万里が指さす方に目をやる。……が、もちろん俺には見えない。
「ところで、探すっていっても、あてはあるのか?」
「ない」
万里の即答に、俺は一瞬眩暈がした。
無計画すぎだろ……。
「んー……、とりあえず住んでた家を思い出してもらって行ってみるとか……。『お母さん』がまだそこに住んでる可能性もあるし、もう住んでなくても何か手がかりが見つかるかもしれない」
「都築、かしこい」
褒められるほどの案でもないが、万里は感心したように頷いて、さっき指さした方へと声をかける。
「住んでたとこ、分かる?」
何やらぼそぼそとしばらく話した後、万里がこちらを向く。
「あんまり覚えてないみたいだけど……たぶん、あっちの方みたい……」
子供の霊だし、いったい何年前のことかも分からない……記憶も定かじゃないんだろう。
かなりあやふや情報っぽいが、今はそれに頼るしかない。
「行ってみよう!」
俺たちは公園を出て、夜の街を歩き出した。
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