増える霊
「ま、満員電車~っ!?」
俺と九住さんは揃って素っ頓狂な声を上げてしまったが、店長の厳しい様子を見ると、決して大袈裟ではないのだろう。
「すべて祓うとして、まるまる一晩はかかりそうだな」
店長の声にはちょっと面倒くさそうな空気が混じっている。これ、アレクが入院中じゃなかったら、絶対に駆り出されてただろな……。
「一晩あれば、何とかなりますか?」
不安そうな九住さんの問いに、店長はしっかりと頷いた。
「なる……と言うより、します。この状況は良くない……早急に何とかしないと、飽和状態の霊が喰い合いを始めています。かなりマズい」
霊の喰い合い、だと!?
想像しただけで怖い……!!
店長のはっきりした物言いに
「良かった。早めの対応は、こちらとしても助かります。……――っと、除霊していただいたら、この臭いも、その壁の大きな黒いシミも消えますよね? 何度クロスを貼り直しても、すぐに浮き出て来て……このままじゃ次の借主を募集することも出来ません」
九住さんが指差した壁に、店長も俺も視線を向ける。
えーっと、黒いシミ……?
「都築くん、それ見える?」
「……見えません」
「じゃあ霊現象だね……それなら除霊が終われば消えます」
店長、俺をお手軽な霊センサーみたいに使ってないか?
俺はちょっと複雑な気分で改めて壁を見た。試しにちょっと目を凝らしてみるが……やっぱりただの白い壁だ。端っこに何か小さい紙が貼ってある。
なんだろう……護符?
近づいて良く見てみると、どうやらお札のようだ。
九住さんが悪霊退散の目的で貼っているのだろうか。しかし今の状況からして、全く効果が出ていないのは明白だ。
「何故こんなに霊が集まっているのか分かりませんが……とにかく、力技で祓ってみましょう」
「よろしくお願いします!」
振り返ると、九住さんが店長に深々と頭を下げていた。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
「えーっと、店長はサンドイッチとミネラルウォーター……、俺はどうしようかな……」
俺は九住さんと一緒に近くのコンビニへ夕飯の買い出しに来ていた。
店長はもうさっそく除霊を始めているが、アレクと違って祓う能力のない俺はこれくらいしかやる事がない。「この臭いの中、まともに食べられる気がしない」という店長の言葉を思い出し、簡単につまめるサンドイッチと水をカゴに放り込んだ。
九住さんはもう少し様子を見て、泊らずに帰るとのことで夕飯はいらないらしい。
後は俺の分だな……少し迷ってから『がっつり大満足の唐揚げ弁当』と緑茶をカゴに入れ、こっそりデザートの新作プリンも追加しておいた。
「必要経費として、うちで持ちますよ」
「えっ? いいんですか?」
「もちろんです!」
九住さんは俺の手からカゴを取り、レジへと持って行く……必要経費でプリン買っちゃった。
レジを済ませた九住さんはプリンについて言及することなく、笑顔でレジ袋を俺に渡してくれる。俺はちょっと申し訳ない気分で九住さんと一緒にマンションへ戻った。
ドアを開くと、九住さんはやっぱり顔をしかめてハンカチで鼻と口元を押さえた。
そんなに酷い臭いなのか……。
リビングでは店長が印を結び、何やら呪文を唱えている。
除霊は順調そうだ。
俺と九住さんは店長の邪魔にならないよう、リビングの隅っこに腰を下ろした。
しばらくして、店長は大きく息を吐いて軽くふらついた。
「店長っ! 大丈夫ですか?」
俺は立ち上がり、慌てて駆け寄って店長の体を支えた。
顔色も悪いし、額には汗が滲んでいる。
ぶっ通しで何体祓ったのだろう……。
九住さんも心配そうに店長を見ている。
「尾張さん、少し休憩しては……?」
「……まだ半分くらいしか除霊できていませんが……、少し休みます」
えっ? もう半分も? 想像してたよりずっとペースが速い。
俺と九住さんは店長を連れて壁際へと移動し、座らせた。
レジ袋から水を取り出して渡すと、店長は少しだけ口に含んで小さくホッと息を吐いた。
「すべて祓い終わったら、ここにどうして霊が集まっていたのか調べて、その対策もします」
「それはありがたい、よろしくお願いします」
九住さんは軽く頭を下げたものの、お疲れの店長を心配そうに見ている。
店長はゆっくりと室内を見回した。いつになく深刻そうだ。
「店長……今日はこのくらいにして、残りは明日にしたらどうですか? 除霊じたいはもう半分終わってるわけだし……」
俺は思わず口を出してしまった。店長が首を振る。
「喰い合いをしているから、こちらには攻撃してこない……だから術はかけやすいんだけど、喰い合いに勝ち残ってる霊はかなり厄介だ。弱い霊を取り込んで凶悪になってしまってる。時間が経てばたつほど、成長してしまう……僕の手に負えるうちに祓ってしまいたい。これは時間勝負なんだよ」
時間勝負……。
店長の言葉に、俺も九住さんも言葉を失ってしまった。
「えっ!? なんだ? 何が起こってるっ!?」
突然声を上げ、弾かれたように立ち上がった店長の手からペットボトルが滑り落ちた。
「店長? どうしたんですか?」
ただごとじゃない店長の様子に、俺と九住さんにも緊張が走る。
「増えて……るっ、……半分くらいに減らしたのに、またどんどん増えて……集まって来てるっ!?」
「えぇ~~~っ!?」
店長は周囲に鋭い視線を投げ、何か見つけたようにリビングの壁へと駆け寄った。
「ここだ! この壁の向こうから、こっちへ入って来てる!」
九住さんは困惑の表情で、店長と壁を見比べた。
「その壁の向こうはお隣さんになりますが……、霊がお隣からこちらへ? 降霊術のような、何か仕掛けでもあるのでしょうか……」
「このままじゃ、いくら祓ってもキリがない……九住さん、この壁の向こう側――…お隣を確認させて下さい」
「……分かりました!」
九住さんは少し考えてから頷いた。ポケットからネックストラップを取り出して首にかける。そこには『九住不動産』という社名入りカードが入っていた。
「行きましょう」
九住さん、店長、俺の三人はすぐに部屋を出てお隣へ向かう。
九住さんがインターフォンを鳴らした。
少し間があり……、
「はい、どなた?」
インターフォンから中年くらいの女性の声が返って来た。
「すみませーん! このマンションの管理会社の九住と申します。お隣の異臭のことで、ちょっといいですか?」
インターフォンについている小さなカメラに向かって、九住さんはネックストラップのカードをかざして見せた。
「…………ちょっと待って下さいね」
管理会社の人間が訪ねて来て、対応しない人はいないだろう。少々時間はかかったもののドアが開く。
夕飯の支度中だったのかエプロン姿の女性が出てきた。
「臭いですよね? あれ、けっこう気になってて……ベランダが隣だから、洗濯物や布団干すのも困ってたんです。原因は分かったんですか?」
どう説明するのかと、俺は九住さんを見た。
「実は、四〇二とこちらの間の壁の中を通っている配管に原因があるようなんです。ちょっとあちら側からは柱の関係で確認が難しく……こちらの方から調べさせていただけないかと思いまして」
九住さんはにっこりスマイルを崩すことなく、流れるように説明する。
そんなのいつの間に考えた設定だ?
こんなに人の良さそうな九住さんが、しれっと嘘をつくなんて……俺は人間不信に
「うちの方から調べるんですか? 臭いは消えて欲しいけど、うちの壁を傷つけたりされるのはちょっと……」
困惑の表情を浮かべる女性に、九住さんは畳みかけた。
「もし壁に傷をつけることになっても、管理会社として責任もって補修工事もさせてもらいます! クロスの貼り直しとなれば、お好きな色柄を選んでいただくことも可能ですよ!」
「…………分かりました」
管理会社にここまで言われたら断れないよなぁ……。
女性は少し考えてから頷き、俺たちを室内へと入れてくれた。
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