クリスマス編
パーティ料理
ムーンサイドの店内に飾ってあるクリスマスツリーはオサレな白色だ。
場所をとらないスリムタイプだが二メートルもあって存在感は抜群!
店内の雰囲気に合わせてオーナメントはブルーとゴールドの大人カラーで統一され、繊細なガラス細工の十字架や丁寧な刺繍の施された布製の天使がライトの光を受けてキラキラと輝いている。
ツリーのてっぺんに鎮座している金の星は、店長がデパートの
あの星いっこだけで、俺のバイト代三ヶ月分か……。
俺はちょっぴり複雑な気分でツリーを見上げながら、夕飯のまかないであるビーフシチューを口に運んだ。
「う、ま――…っ、……」
しっかり煮込まれてもうどこにも姿は見えないが、たくさんの野菜たちの旨みがとけこんだシチューは、心も体も芯から温めてくれる。
口の中でほろほろと
「このお肉、今まで食べた中で一番柔らかいっ!」
思わず感動の声をあげた俺に、店長はカウンター越しに得意気に笑う。
「ふっふっふ~~~っ! 前から欲しかった圧力鍋、買っちゃったからね~! 昨日試しにおでん作ってみたんだけど、短時間でしっかり煮込めて大根も牛スジもトロトロになったよ」
「お、お、お、おでん~~~っ!?」
今ビーフシチューを食べているというのに、俺の口の中はもう「おでん」スタンバイだ!
俺の食いつきに気を良くした店長は、にんまり笑う。
「おでんだけじゃない、豚の角煮もブリ大根も、思うままだよ……!」
「あぁぁあ~~~~~っ、…………ッ……」
言葉を失い、変てこな雄叫びしかあげられない俺に、店長は「分かってる! 作ってあげる!」と笑顔で力強く頷いた。
「ところで都築くん、クリスマスイブは何か予定ある?」
「ないですよ、バイトも入れます……!」
空になったシチュー皿を洗い終わり厨房から店内へ戻ると、カウンターで帳簿をつけていた店長が顔を上げた。
「クリスマスイブに料理をケータリングして欲しいって注文が入っててね。何でも、パーティで出す料理を全てうちに任せてくれるらしい」
「えっ? すごいじゃないですか!」
「うん、ほぼ作り終わった状態で持って行って、向こうでお皿に盛ったりソースと合わせたりするんだけど、人数が三十人分なんだよ」
「大きなパーティなんですね! もちろんお手伝いしますよ!」
お座敷様が来てからというものカフェバー「ムーンサイド」は大繁盛、店長の料理の腕もますます磨きがかかり、まかない飯を楽しみにしている俺としては忙しくも幸せな毎日だ。
「良かった。アレクから紹介のお客様なんだけど、気に入ってもらえたら、これからもちょくちょくパーティのお料理を任せてもらえるかも知れない。頑張ろう……!」
「はいっ! アレクからの紹介ってことは、教会関係の知り合いなんですか?」
「たしか、日曜礼拝に通われているご夫婦って言ってたかな」
「そういえば、最近アレク店に顔出さないですね」
「教会は一年で一番忙しい時期だからね。いつものクリスマスミサとは別に、近所の子供達とアドベントカレンダー作ったり、クリスマスクッキーを配ったり、絵本タイプの聖書の読み聞かせとか……張り切って色々準備してるみたいだよ」
「あぁ~、なるほど」
世話好きで優しく、面倒見もいいアレクのことだ。
子供達からも慕われてるんだろな。
「パーティ当日もちょっとだけ手伝いに来てくれるって言ってたけど、何しろイブだし……あまり期待しない方がいいと思う」
「大丈夫です! 俺、がっつり働きますから!!」
「それは頼もしい、よろしくね」
「はいっ!!」
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
クリスマスイブ当日。
大学も冬休みの俺は、朝早くから店へと向かった。
俺が着いた時、店長は昨夜から仕込んでおいた料理を仕上げているところだった。
「都築くん、ちょうどいいとこに来た! そこにサラダが三種類あるからケータリング用のパックに詰めてくれる?」
「はーいっ!」
オーブンを確認しつつ指示を出す店長は、低血圧とは思えないほど朝からご機嫌で楽しそうだ。
本当に料理が好きなんだな。
俺は丁寧に手を洗い、彩り鮮やかなサラダを詰めるため大きなパックを取り出した。
店の方でドアが開く音がして、アレクがひょこっと厨房を覗き込んで来た。
「お! 二人とも頑張ってるな、おはよう」
「アレク、おはよう!」
「朝から悪いな、アレク」
俺と店長の挨拶に、アレクはいつも通りの人懐こい笑顔で答えた。
「車の準備してきたぞ。もう積み込んでいい料理はあるか?」
「そこのオードブルセットとサラダのパックを頼む」
「分かった!」
アレクはてきぱき動き、店長の指示通り出来上がった料理を次々と運び出してゆく。
パックに料理を詰め終わった俺も途中から手伝い、アレクと二人で厨房と車を行ったり来たり協力して運んだ。
アレクが乗って来た車は、祓いの仕事の時に何度か便乗させてもらったものではなく、たくさんの荷物が詰めるバンだった。
おかげで三十人分という量の料理を乗せてもまだ余裕がある。
俺たちが料理のパックを運んでいる間、厨房の片づけを終えた店長はカウンターの椅子に腰かけて納品書や請求書などを作成していた。その横顔には達成感のようなものが見えて、俺まで嬉しい。
「よし! 準備OK! それじゃ行こうか」
「はーい!」
俺たちは大張り切りでさっそく車に乗り込んだ。
元々運転上手なアレクだが、今日は特に慎重で丁寧な気がした。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
「着いたぞ」
車が停まったのは高級住宅街の中でもひと際大きな豪邸の前だった。
店長が降りてインターフォンを鳴らし、何やら話した後すぐに車に戻って来る。
「裏口から入ったらすぐに厨房らしいから、そっちから料理を運び入れて欲しいらしい」
「分かった」
アレクはそのまま大きな塀ぞいに車でぐるりと回り、豪邸の裏側へと向かう。
裏口の前に車が停まると同時に勝手口のドアが開き、エプロン姿の中年女性が出てきた。
俺たち三人は車から降り、女性に挨拶した。
彼女は家政婦さんらしい。
あくまで「メイド」ではなく「家政婦」といった雰囲気だ。
彼女の案内で、俺たち三人は豪邸に料理を運び入れた。
裏口から入ってすぐの所に、一般の家庭とは思えないほど立派な厨房があった。
冷蔵庫もコンロも業務用かと思うほど、大きくピカピカだ。
「ここで料理の仕上げをして、パーティルームにブッフェスタイルでセッティングして下さい」
「はい。……こちらが納品書と請求書になります」
店長から納品書を受け取った家政婦さんは、運び入れた料理の内容と照らし合わせて確認し「美味しそう」と呟いた。
店長はいつも通りの綺麗な営業スマイルで、家政婦さんに微笑む。
「パーティ中の料理の取り分けや飲み物の補充、それから後片付けまで全てさせていただくということで承っていますが、間違いありませんか?」
「はい、それでお願い致します。料理を運ぶ時にはそちらのドアをお使い下さい、直接パーティルームへ繋がっています。あ、それから……パーティの前に、奥様が一通りお料理を確認したいと仰っていたので、味見用に少しずつ取り分けしておいて下さい」
「分かりました」
家政婦さんは軽く頭を下げて厨房から出て行った。
「一度にどれくらいの量を並べられるのか確認したいな……」
店長はパーティルームへのドアを開いて入って行く。
俺とアレクも続いた。
「ひ、ろ……っ!!」
豪邸に相応しく広いパーティルームは天井も高く、シャンデリアがキラキラと輝き、大きな窓からは庭の木々が見える。
グランドピアノや巨大なクリスマスツリーがあるが、まったく圧迫感がない。三十人のパーティとのことだが、もっと人数が入っても余裕がありそうだ。
豪華なパーティルームに圧倒されている俺の横で、店長とアレクが低い声で話すのが聞こえた。
「尾張、この屋敷……」
「うん、『何か』いるね……」
え――…!? 何かって……まさか、霊的な『何か』が!?
俺は驚いて二人を見た。
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