見る力
百園さんは考え込んでしまった。
店長は再び湯呑を手にし、喉を潤して続ける。
「御守りやお札を定期購入するなら、うちで百園さんと相性良いものを調達するよ。修行をしたいなら、いい先生を紹介してあげる」
「……少し、考えさせてください」
百園さんはすぐに答えを出すことが出来なかった。
そりゃそうだろう……。
帰る百園さんを見送った俺は、グラスや湯呑を厨房へ運んで洗う。
店内に戻ると、店長はソファに座ったまま、珍しくぼんやりと物思いに
「お疲れですか?」
「ん? あぁ、いや……大丈夫」
バータイム営業はもうとっくに開店時間を過ぎてしまっている。
俺は店長に近づく。
ソファの背もたれに頭を預けて天井を見上げている店長の視界に割り込んだ。
「店長……?」
遠慮がちに声をかけると、店長は薄く開いた唇を動かした。
「皮肉なもんだよね――…霊感なんか望んでない百園さんにとっては、全く不要な力だけど……六波羅さんにとっては、きっと……喉から手が出るくらい欲しい力だ」
あぁ、そういうことか……。
「……店長は、今の仕事――…嫌いですか?」
店長は軽く目を瞬かせてから緩く首を振って微笑む。
「好きだよ。料理は楽しいし、毎日色んなお客さんに僕の手料理を喜んでもらえる……食いしん坊のバイト君のために、まかないだって作り甲斐あるしね……」
俺の質問、カフェバーの仕事のことじゃないって分かってるくせに……。
わざわざ店長が話を逸らしたのだから、これ以上踏み込まない方がいいんだろう。
「店長……」
「ん?」
「夜ご飯はカレーが食べたいです! ジャガイモがごろごろ入ってるやつで!」
一瞬ポカンと俺の顔を見上げた店長は、嬉しそうに笑った。
「うん、分かった……!」
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
翌日のバータイム前にも、百園さんはやってきた。
その表情から、気持ちが決まったのが分かる。
「お仕事に出来るかどうかはともかく、せめて……見えて困るものを
ソファに座るなり、百園さんは店長に頭を下げた。
「分かった……あちらの都合を聞いて来るから、ちょっと待ってて」
軽く頷いた店長はソファから立ち上がり、事務所へと入って行った。
俺はオレンジジュースを入れたグラスを百園さんの前に置く。
「ありがとうございます」
会釈する百園さんは、やっぱりどこか不安そうだ。
そりゃそうだよなぁ……。
何か声をかけた方がいいのかも知れないが、上手い言葉が見つからない。
見ることも感じることも出来ない俺には、百園さんの恐怖も葛藤も何にも分からないんだ……、一体この子に何を言える?
でも、何か……何か言えることはないだろうか……。
考えたあげく、俺の口から飛び出した言葉は――…
「……もし、店長にボラれそうになったら相談して! 俺、唯一の従業員としてビシッと言ったげるから!」
百園さんは驚いたように目をパチクリさせた後、小さくふき出した。
「はい……!」
しばらくして戻ってきた店長は、まず俺に声をかけた。
「都築くん、今夜のバータイムは休業にするよ」
「はい!」
俺はすぐに店の前の看板を片づけに向かう。
背中で店長が百園さんに話しかけるのが聞こえた。
「会いに行ってもらおうと思ったけど、仕事でこの近くまで来ているらしい。向こうから会いに来てくれるそうだから、ここで待ってて」
「分かりました」
俺は店の外へ出て、看板以外にも鉢植えなどを片づける。
紹介する『先生』って、どんな人なんだろう……店長やたらと顔が広いし、俺の知らない人という可能性も高い。
百園さんに親身になってくれる人だったらいいな……。
俺が店内へ戻ると、百園さんはオレンジジュースを飲みながら店長と話していた。
少し表情が和らいだような気がする。
二人に近づこうとした俺に気づいた百園さんは、こっちを見た瞬間青ざめてソファから立ち上がり、怯えた
「……百園さん?」
「あぁ~、スイッチ入っちゃったかな……都築くんにくっついてる犬神が見えちゃってるんじゃない?」
苦笑する店長。
俺は思わず自分の周りをキョロキョロ見回した。
百園さんは壁にへばりつくように背中をくっつけ、ホラー映画のヒロインのように恐怖で瞳を見開き、俺の背後を凝視している。
「な、何なんですか? ……『犬神』?」
俺は慌てて胸の前で両手を振る。
「こいつは俺が今ちょっと預かってて……見た目は怖いかも知れないけど、悪さはしないから大丈夫!」
あぁもう! 百園さんがこんなに怯えるなんて……一体どんな姿なんだよ!
ただの犬じゃないのか!?
ソファから立ち上がった店長は、百園さんを庇うように俺の前に立ちふさがった。
「気にはなってたんだよね……、都築くんの後ろでずっと周囲を威嚇しまくってるから」
「えぇっ!? そうなんですか?」
「普通は持ち主の欲望を叶えるために、あちこち奔走してるものだけど……都築くんの欲望を読み取れないから仕方なくくっついてるって感じだね。でもまぁ、そのおかげで低級霊とか面倒なのが寄って来ないから放っておいたんだけど……。うーん、都築くんに犬神をしまえって言っても難しいだろうし……どうしたものかな」
「しまう?」
「いったんアストラル界に引っ込んでもらう感じ」
「あすと……らる???」
さらっと飛び出した専門用語。これまた、まったく初めて聞く単語だ。
俺が思わず聞き返すと、店長はどう説明したものかと天井を見上げて「うーん」と考えている。
「と、とにかく! ちょっと帰ってもらう感じですよね?」
こうなったら、イチかバチかだ!
俺は大げさに咳ばらいをした。
「パトラッシュ! ハウスだ! ハウス!!」
お供え物としてドッグフードを用意して思いっきり笑われてしまったため、流石に名前をつけたと言いだせなかったのだが、今は恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。
百園さんが驚きの声をあげる。
「えっ!? ――…きえ、た? 消えました!!」
良かった! 成功だ!!
ホッとした俺の目の前で、店長はポカーンと目と口を開けている。
今まで見た中で一番のマヌケ顔だ――…、誰もが認める美人店長にこんな
「くくくっ、……あはははははっ……、……っ、……ちょ、……な、名前っ! しかも『ハウス』って……苦し――…っ、……」
涙目の店長は文字通り「腹を抱えて」笑っている。
「俺、犬飼うならオサレなカタカナ名で呼ぶの夢だったんです! いけませんかっ!?」
「いやいや、大丈夫! お
俺はちょっぴり拗ねて口を尖らした。
百園さんまでそんなに笑わなくていいんじゃないか?
その時、店のドアが開いた。
「いらっしゃいま――…って、十和子さん!?」
「ご無沙汰しています。近くで心霊番組の再現VTRの撮影があって、アドバイザーとして来てまして……」
十和子さんは有名な霊媒師で、店長と協力関係にある仕事仲間だ。
艶やかな黒髪をきちんとまとめ、着物を綺麗に着こなし、いつも通り
「撮影はもう終わったんですか?」
「はい。撮影後にこちらに寄ろうと思っていたところに、ちょうど尾張さんの方からご連絡をいただいたので、急いで参りました」
「え? ってことは、もしかして百園さんに紹介する『先生』って……十和子さん!?」
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