オリヴィエ・マートン 四

    四、エリザベスという娘


 あの気位の高い子爵様が、犯罪集団に身をおくことになった。


 死体を見てゲロを吐いた姿はウケたな。ベソベソ泣いて公爵様を説得している間は、邪魔しちゃいけねえと、笑いを抑えるのに苦労した。

 けど、結局はあいつはどうにも出来やしなかった。書類の偽造という犯罪を犯した後だったんだからな。母親の身柄も公爵様の手の内だ。


 カレルちゃんが宝石商の心臓に刃物を立てるのを厳かに見守って、晴れて俺達は人殺し仲間になった。

 死体の片付けの時もアイツは吐いて、そんなに食ってたのかよ、って呆れと笑いが込み上げた。


 楽しかったなあ。青春って奴だ。

 俺は自分の快楽の為に、カレルは母親を守る為に、お互い公爵の下で切磋琢磨したもんだ。


 ただ、アイツ、学校では俺を無視しやがる。

 共通の秘密を持った親友だってのに、そりゃ無いよな。だから、ちょっと揶揄ってやったら、本気で怒りやがった。

 ドンフォンって後輩が止めに入んなきゃ、どっちかが死ぬまで殴り合いを続けてたかもしれねえ。洒落の利かねえ奴はホント困る。

 泣き真似をしてやっただけなのによ。


 そんで、いよいよ俺達は卒業となった。これからは士官様だ。

 俺の配属先は第十師団のトビアスだ。いつの間にか、公爵様はそこの師団長と仲良しになっていたようだ。そこで俺はそこの師団長と公爵様の橋渡しをする事になった。師団長様を裏で良くやれって事だった。その師団長は、俺の多少の遊びには目を瞑ってくれる話の分かる男だった。

 カレルと離れ離れになったことだけが、俺には残念な出来事だった。


   *   *


 トビアスでの俺の仕事は、公私共に充実した。

 年に何度か領地にやってくる公爵様と遊んで、長期休暇の間にお小遣いを貰ってあちこちに出向いて仕事をした。


 本来の役目も忘れちゃいない。

 調べられる範囲で宮廷や政治の事情を公爵様に聞き出し、アンデラに逃げた二番目の親に手紙で報せていた。

 俺はこれでも孝行者で、三番目の親の遺産を少しだけ二番目の親に送ってやっていた。個人的には、金は日常生活を送るのに過不足がなけりゃ良いんだ。

 残りは全部、約束通りに公爵様に差し上げた。


 アンデラには、王太子夫妻暗殺事件後に追放されたレステンクール人が多く逃げていた。グルンステインから逃げようとしたら、まずはアンデラかコルキスタしか無いからな。

 あの挽肉祭りから逃げ延びたレステンクール人は、グルンステインの土地を狙っているアンデラの保護下で、虎視眈々と復讐の機会を窺い続けていた。

 そして、ようやく一定の準備が整ったようだ。


 アンデラの新銃が、徐々にグルンステインに入り始めた。

 目標は、国王フィリップ十四世と王太子シャルルの暗殺。


 計画は単純だ。

 事前に国内に持ち込んだ武器弾薬を、収穫祭の準備をする多くの積荷に紛れ、物資を輸送しているていで王都の隠れ家に保管する。

 収穫祭が始まり、集会所や広場に市民が集まり溢れかえったところを、襲撃して混乱を起こす。


 日時も大事だ。

 本心は王太子夫妻が殺された収穫祭の最終日に決行したいところだが、その日はひたすら宮廷内での行事がある。元々は国王が神に実りの感謝を述べるだけだったんだが、暗殺事件からは追悼の式典も加わって、参加する貴族も多く、その分、警備態勢も平時より厳しい。

 だから、収穫祭の開始を宣言する為に国王と王太子が王都に足を運ぶ、収穫祭初日を選んだ。


 宣言がなされ、麦酒やワインがふんだんに振る舞われて浮かれ始める時間、国王達は王都を離れ王宮庭園に戻る。その瞬間を狙う。

 王都の第二連隊が市内の暴動に対処している間、より王宮庭園に近しい場所に隠れていた同胞が行列を襲うという計画だ。


 だが、何でそんな事になったのか。

 最初の輸送の段階で見事にしくじってやがった。輸送費をケチった所為だ。


 新銃をくすねられて、そいつらが国境の治安維持軍に捕まりやがった。

 荷物自体はその殆どが王都に届いたが、王都でも新銃の発見があったそうだ。くすねられたのは一丁だけじゃなかったらしい。

 よりによって王都でも見付かるとはな。もっと上手くやってくれよ。俺の三番目の親の遺産がぎ込まれた計画だろう?

 呆れて、俺と同じように身分を偽ってグルンステインの軍部に入り込んでいた同僚と顔を見合わせて溜息を吐いた。


 そんな時だ。

 俺の大好きなカレルちゃんから、遊びの誘いがあった。


 ビウスの金持ちの家から、娘を一人拐ってくる仕事だ。

 家族は皆殺し。仕事の報酬は、いつも通りにその家の貴金属類。

 タンサンって富豪の息子に嫁取りをさせてやるのに、どうしても必要なんだそうだ。そう言えば、公爵様は直近で軍務大臣に一杯喰わされてたな。


 まあ、つまり、娘の親が反対していて、説得するのが面倒だし、苛々するから殺しちまえって事なんだろう。付き合わされるカレルも大変だ。俺は自分の欲望に忠実な公爵様は好きだけどな。

 事件の揉み消しは、師団長様の仕事だ。


 俺は即答した。

 すぐに仲間を募って、タンサン家に向かう。そこに、敢えて最近付き合いの悪い下級兵士を加えたのは、何となくそろそろコイツはお終いかな、と勘が告げていたからだ。

 カレルと同じ、辛気臭い匂いがプンプンしてたからな。


 タンサンの邸には、青褪めた家主と、御満悦の公爵様と、薄暗え顔をしたカレルがいた。自分で呼び付けておいて、相変わらず俺には冷たい態度だ。


 襲撃する家は貿易商のコール家だ。

 そこの娘がそりゃあ綺麗と評判だから、タンサンの息子に下げ渡す前に味見をしておこうという事らしい。それに、傷の付いた娘には真っ当な縁談なんて来なくなる。タンサン家以外に、嫁ぎようがなくなるって寸法だ。


 その夜は商工会の集まりがある。

 まずは会議所を出た父親を馬車ごと誘拐し、殺す。それから、コール家の住人を殺して回って、娘を確保ししだい解散となる。


 見取り図を渡された俺は、夫婦の寝室を探した。ここは母親がかなりの美人らしい。この時点で、俺はもうこの仕事が楽しみで仕方なかった。

 娘の方も、公爵様の後で楽しませてもらおうと考えた。それに勘付いたのか、カレルの俺を見る目が冷ややかだ。

 やるからには、楽しまなきゃ損だろうが。俺にしてみりゃ、いつまでもこの仕事に慣れずにいるお前の方が信じられねえよ。


 やがて、時間になって、俺達は漆黒の外套に身を包み、仮面を付けて深夜の街に出た。

 商工会議所は街の中心だ。父親が会議所を出て、住宅街に馬車が差し掛かったところで行動に移った。

 まず、御者を殺し、馬車を乗っ取った。

 客車内の父親の頸動脈を斬ったのはカレルだ。大量の血が噴き出し、父親は倒れた。

 そのまま何事も無かったかのように馬車を移動させ、郊外付近まで来たところで、馬の尻を叩いて適当な方向に走らせた。発見を遅らせる為だ。

 二体の死体を乗せた馬車は、すぐに闇に溶けて見えなくなった。


 続いて、俺達は住宅街に戻り、コール家の前に立った。

 カレルがナイフを片手に呼び鈴を鳴らす。しばらくして、玄関扉の錠を内から開ける音がした。扉が開いた瞬間、ナイフの切っ先が閃く。

 重い、人が倒れる音がした。


 ゆっくりと惰性で開く扉の向こうにメイドらしき女がいて、執事と思われる男に驚いた様子で声を掛けていた。

 メイドが俺達に気付いた瞬間、今度はサーベルがメイドの喉を切り裂いた。メイドは首から血を流し、赤い泡を吹いて死んだ。


 いつもの事ながら、カレルちゃんは優しい。

 頸動脈を狙うのは、一気に血液が流れ出る事で気絶する様に絶命するからだ。俺なんて苦しませてなんぼだってのに、カレルは極力痛い思いをさせない殺し方を身に付けていた。

 そういや、二番目の父親も喉を狙うのは良いって言ってたっけな。意味はカレルの動機とは違うんだろうけど。

 皮肉を感じて、思わずニヤけちまった。


 「娘以外は騒がれる前に殺せ。金目の物は持てるだけにしろ。室内は適当に荒らしておけ。強盗に見せ掛けろとの仰せだ。決して余計な事はするな」

 真面目な顔で可笑しな事を言いやがる。

 血糊を拭き払うカレルの冷えた視線に、俺はニヤついた。

「見せ掛けろって? 我々のこの行いは間違う事なく強盗だ。違うか?」

「……」


 ちっ。また無視か。

 まあ良い。これからお楽しみが待ってるんだからな。


 俺は、その場にカレルと使用人二人の死体を残して、真っ直ぐに母親がいるだろう部屋へ足を踏み出した───。



                         終わり

 

 

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