第六話〜②
全員の視線が注がれた。
確信のある物言いに、ボナリーが尖りのある目を向けた。
「何故、言い切れる。娘を王妃にする野望が阻止された以上、王権を手中に収める手段は少ない。あの男の貪欲さは貴殿が最も理解していると思っていたが違ったのか? それともローフォーク少佐は仕える主人の犯行を隠したいのか?」
ボナリーの言葉にエリザベスはどきりとした。
第二連隊での生活の中で、ローフォークとボナリーの馬が合わない事は何となく感じていた。正義感の強いボナリーはグラッブベルグ公爵が嫌いで、ローフォークが宰相派である事が気に入らないのだ。
だが、ローフォークは意に介さず言葉を続けた。
「まず、ティエリ中佐の言う通り、武器の密輸は公爵に微塵も利益を生まない。公爵がどれほどベルナール様の即位を望もうが、アニエス様を王太子妃に推そうが、母親であるアデレード様にその意思が一切無いからだ。その状態で実力行使に出たところで、アデレード様が公爵の味方をしない。自分に敵が多い事を公爵はよく理解している。寧ろ、政敵に大逆罪と武器密輸の罪で自分を追いやる口実を与えるだけだ。大人しく宰相として王家に仕えている方が余程公爵の為になる。それに、時期が合わない」
「時期?」
エリザベスが目を丸めたと同時に、隣りのフランツが顎に手を当てて得心した様に唸った。
「そうか。新機構の銃が最初に見付かったのは、今年の三月に入ってすぐの事だ。その頃、宮廷はまだ花嫁探しの騒動の中で、公爵は令嬢方を殿下に近付けまいと躍起になっていた時だな。アニエス様をまめに夜会に連れ歩いて、陛下と王太子殿下に何度も会わせていた。父がアン王女を推薦したのが末頃で、やっとカラマンへ書簡を送ったのが五月の頭。交渉許可が下りたのが五月の下旬だ。それまで、公爵はアニエス様を王太子妃にする事を諦めていなかった」
もし公爵が密輸に関わっているのだとしたら、少なくとも二月の内に相手と交渉をして荷運びの手配まで終わらせていなければ、三月頭の銃発見には繋がらないだろう。
「勿論、春先の密輸銃の取引と大運河で見付かった銃を求めた者が同一人物とは限らない。だが、大運河の摘発は我々が捕らえたゴロツキから得た情報を元に行なった。全く繋がりが無いとは言えない。そうなると、公爵が密輸に関与している、その動機の辻褄が合わなくなる」
「では、お嬢の会社の同業他社になるのかのう」
「そうとは限りません。もしかしたら、全く関係の無い人物が一時的にやり過ごす為に、たまたま近くの積荷に紛れ込ませた物が見付かってしまっただけかもしれません」
トゥールムーシュの疑問に、エリザベスは表情を曇らせながら答えた。
最初に他社を疑う様な発言をしたのは自分だ。
だが、事務長や船長に対して抱く感情と同様に、そうであって欲しくないと願っているのも事実だった。だからこそ、自分は今ビウスに戻らなければならないのだ。
フランツがエリザベスを心配してくれているのは分かる。
グラッブベルグ公爵がエリザベスをまだ諦めていない事は、ローフォークからフランツに、フランツからエリザベスに伝わって知っていた。今は弄ぶ対象としての執着ではなく、自分に恥をかかせた小娘。敵対する勢力の保護下に置かれた、自分を破滅させるかもしれない危険人物として、シュトルーヴェ伯爵と同種の憎悪を向けられている事も承知していた。
王宮庭園を一度出れば、シュトルーヴェ家の屋敷や第二連隊庁舎の様に信頼できる人々は周囲から居なくなる。身の危険は否応にも増してしまうのだ。
それでも、
「フランツ様、お願いです。どうかビウスに戻る事を許して下さい。私はコール家の人間として真実を確かめなければなりません。会社の従業員とその家族を守る義務が私にはあるのです!」
エリザベスの懇願にフランツは腕組みをして考え込んだ。
ジェズが不安気にフランツを見上げ、大隊長や副官達も判断を待っていた。
やがて大きな溜息を吐き、困った様な呆れた様な、何とも言えない笑顔を見せた。
「仕方ない。経緯はどうであれ、事態に対してこちらは既に後手に回っている状況だ。これ以上、遅れを取るわけには行かない」
「それでは……!」
「ああ。すぐにでも支度を整えてビウスに……」
「迎えに来たわよリリー!」
フランツの言葉を遮って、突如アリシアが現れた。
会議室にいた全員がギョッとして動きを止める中、鉄紺色の軍服に埋もれるように立つ小柄な少女を見付けて、ぐいぐい屈強な軍人達を押し退けて進む。
エリザベスの傍にローフォークを発見すると、立ち止まって両目を細めて笑顔を作った。
「まあ。お久し振りね、カレル様」
「ああ」
エリザベスはドキドキして二人を見た。
アリシアの笑顔は明らかに作り笑顔で、ほんのりと怒りが滲んでいたからだ。ローフォークにもそれが伝わったのか、警戒の表情を浮かべてアリシアを見下ろしていた。
緊張が走る。
だが、アリシアはくるりと向きを変えた。
「さあ、いつまでものんびりしていられないわ。支度を整えて来たからすぐに出発するわよ」
エリザベスの手を取って会議室を出て行こうとする。
「あ、あの、アリシア様?」
てっきり一言二言手厳しく物申すのかと構えていたエリザベスは、意表を衝かれて戸惑った。
フランツも同じだった様子で、慌てて妹を引き止めた。
「アリシア、待て、待て! いきなり現れて、支度って何だ⁉︎」
「トビアスに向かう支度に決まっているじゃないの。リリーの家族を助けに行くのよ! お兄様とジェズも行くのよ。着替えも旅費も準備してきたから、後は馬車に乗り込むだけ。ああ、でも急いで来たから、きちんとした旅支度はお母様が今日中に別の馬車で送り出して下さる事になっているわ。とにかく、私達は一刻も早くビウスとトビアスに向かわなくちゃ駄目よ。リリーを奪われる事になったら大変よ!」
アリシアの方針は弁護士からの手紙が来た直後には定まっていた。
エリザベスがビウスに戻ると言い出すことも、危険を理由に反対したところでフランツがすぐに折れることも分かっていたのだ。
ならば、始めから問答は無用。
尽くせる限りの手を尽くして少女を守り、攻勢に出る。
「『攻撃は最大の防御なり』よ。どうして武器が積荷に紛れていたのかなんて、そんなもの知らないわ。でも、トビアス師団の師団長はお父様を快く思っていないのは確かよ。本当の事を教えてくれるとは限らない。そして、コール家が我が家の援助を受けている事も知らないはずが無いわ。あれだけの事件があったのですもの。これを機にお父様を大臣の椅子から引き摺り下ろそうと悪知恵を働かせる可能性だってある。
そうなったら、リリーの会社は潰れてしまうし、シュトルーヴェ家の地位も失墜するわ。グラッブベルグ公爵にとって都合の良い話じゃないの。あの人、物事の引き際を心得ているから今まで大人しくしていたけれど、かなり執念深い陰湿な人でしょう? リリーをトビアス師団に捕らえさせて、そこからあの人に引き渡されちゃったらどうするの? そうなる前にこっちから出向いて、捜査に協力する素振りを見せなきゃ駄目よ。
リリーを守るつもりで隠してしまったら、かえって疑いが強くなってしまう。逮捕状だけは絶対に出させてはいけないの。お兄様だって分かっているでしょう? だからこそ、こちらから攻勢に出る必要があるのよ」
「それは分かるが、まさか、お前も行くつもりなんじゃないだろうな」
「当然でしょう⁉︎」
何をトンチキな事を! と言いたげな顔でアリシアはフランツを見上げた。
「リリーは女の子よ。絶対に私が必要よ!」
フランツは実に渋〜い目付きで妹を眺めたが、言いたい事は分かるのか、がくりと項垂れた。
「トゥールムーシュ中佐。一旦、留守を預ける。帰りはいつになるか分からないが、宜しく頼む。それと、追って第二連隊から数人の人員をトビアスに派遣してくれ。今回、俺はエリザベスの後見人として出向くが、第二連隊長としても情報の共有と捜査協力を求める。情報整理の人手が必要だ。まあ、向こうが応じてくれるかは分からないから、実質的にはエリザベスの護衛になるだろうがな」
「了解しました」
「それと、市井もそうだが、夜会に出る機会があれば宮廷での噂や動きを探って欲しい。あとは……」
すでにアリシアはエリザベスを連れて走り出していた。
遠ざかる二つの華奢な背中を眺めながら、ジェズがそわそわしている。
そんな少年を横目にさらに幾つかの支持を出してから、フランツは部下の敬礼を背に走り出した。
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